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13本目のリーチ棒・瀬戸熊直樹最強位誕生秘話(前編)

【半荘1回で7回のリーチ】

 麻雀最強戦2021決勝戦のオーラス、倍満をツモれば優勝という場面で、瀬戸熊直樹プロはリーチを掛けた。
 その日、瀬戸熊さんは予選からリーチを多用しており、数えてみたら13回目だった。

 その中には、他の選手なら判断が違うであろうものもあった。
 たとえば予選(ベスト8)の南3局1本場では、ヤミテンで親満の4-7ソー待ちをリーチした。

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リーチを掛ければ、イーペーコーの方(7ソー)が出たら親のハネ満だ。だが、ドラが5ソーでドラマタギなので、リーチを掛けたらかなり出づらくはなる。
 ヤミテンでも7ソーツモならハネ満になるので、ヤミテンを選択する人が多いのではないだろうか。

 瀬戸熊さんは1巡だけヤミテンにして、次巡リーチを掛けた。
 
 結果は最悪だった。その巡目に川原舞子プロが7ソーをつかんでいたのだ。川原さんもアガりに行っていたので、ヤミテンなら間違いなく12,000点の放銃だった。
 結果、流局となった。
 瀬戸熊さんは、それをアガればほぼ決勝進出だったので、この空振りは見ている方を不安にさせた。
 これが瀬戸熊さんの、この半荘6回目のリーチだった。

 ここ最近の瀬戸熊さんならヤミテンにしていたはずなのに、と思った。
 特に2着まで勝ち上がりのシステムだから、なおさらである。
 事実、初日の戦いでは、半荘1回打って1度もリーチを掛けずに勝ち上がりを決めている。

 私はモヤモヤしながらモニターを見つめていた。
 結局、瀬戸熊さんはオーラスに7回目のリーチを掛けてアガり、決勝進出を決めた。

 先ほど、結果は最悪だったと書いたが、それは間違っていた。ここで負けていれば最悪だが、勝ったのだから、もしかしたら勝因になった可能性すらあるのだ。

【放銃で圧倒するクマ】

 本心では、対局場から出てきた瀬戸熊さんをつかまえて色々と理由を聞きたかった。
 でも、そういうことは絶対にしてはいけない。かりに私が観戦記者として招かれていたとしても、これから決勝を戦うという人に取材をするのは良くないと思う。
 全部が終わってから聞いた方が、お互いにとって良い結果が待っている。
 
 特に、瀬戸熊さんは試合前の気持ちの作り方を大切にする人だ。
 本人は「最近はそんなことないですよ」と言うのだが、私の中で「最強」だった頃の瀬戸熊さんは、試合前に鬼の形相をしていた。
 今は「最強位」になった瀬戸熊さんだが、私にとっての「最強」の瀬戸熊さんは、鳳凰位を立て続けに3回獲り、同時期に十段位を三連覇した頃の瀬戸熊直樹だ。

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 当時プロ連盟はまだスタジオを持っておらず、西池袋の「アルバンスタジオ」から生配信を行っていた。
 そこには控室がなかったので、瀬戸熊さんは廊下で腕を組み、壁にもたれかかって下を向いていた。
 
 私はのんきに、いつもの調子で「瀬戸熊さん!」と声をかけてしまったのだが、すっと持ち上がった瀬戸熊さんの顔は一瞬だけ鬼のようだった。すぐに柔和ないつもの表情に戻り「おはようございます」と爽やかに言ってくれたのだが、それが私の心にずっと残っている。
 瀬戸熊さんは私が去ると、また鬼の顔に戻りうつむいた。
 私はそれを離れた場所から眺めて「ああやって気持ちを作るのか」と感心していた。同時に、選手の気持ちを作っている大切な時間を邪魔してしまい、恥ずかしかった。

 その年、瀬戸熊さんは鳳凰位になった。

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 何回戦の何局だとかは覚えていないが、未だに思い出すのは、瀬戸熊さんが前原雄大プロのリーチに対してドラの3ソー(たしか)を切って、七対子のドラタンキに放銃したことである。
 もちろん、瀬戸熊さんが追い込まれて無理に勝負をしたという局面ではない。どちらかというと瀬戸熊さんが勝っていて、前原さんが追いかけている状況だった。

 ドラタンキ放銃ぐらい、いくらでもあるだろうが、アガった前原さんの方が気持ち的に押されているように見えた。
 逆に、放銃した瀬戸熊さんの方が胸を張って、放銃を誇っていたように見えたのだった。

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