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ケネス徳田伝説 どうしても止まらない暴言たち

【企画会議での暴言】

 以前の原稿で徳田がLINEで私のことを「でっぱ」と登録している話を書いたが、そういえばずっと前から徳田にとって私は「でっぱ」だった。
 15年以上前に会社のパソコンのネットワークを作ってもらったのだが、その際、私のPC名は「DEPPA」だった。
 
 そんなに気にしなかったが、どうやら徳田には私が「出っ歯」に見えているらしい。

 LINEで似顔絵を描いてくれと依頼したら、1分後にこの画像が送られてきた。

画像1

 やはり「出っ歯」だった。

 なぜそう見えるのかは分からないが、それ以上考えようという気にもならない。
 
 そういうことを気にしていたら、徳田と一緒に仕事をすることはできない。

 いや、そのように私が達観しているのではなく、徳田によってそうさせられてきたのだ。ある意味で徳田による啓蒙が完了しているのである。

 昔は、私も些細なことで怒っていた。

 2004年に創刊された「別冊近代麻雀」という活字の雑誌は、私たち「麻雀企画集団バビロン」が編集を請けていた。編集長は馬場裕一さんだったが、6号で事実上の廃刊となってしまった。
 内容が盛りだくさん過ぎて制作が大変だったし、売れ行きが芳しくなくて、スタッフはみんな心身ともに疲れ果てていた。
 
 次も悪ければ廃刊、という状況下で企画会議が行われていたが、発言するのは馬場さんと私ばかりだった。

 私が「俺も無い知恵絞って企画出してるんだから、皆も何か言ってくれよ」と言うと、徳田は真顔で「無いにせよ知恵絞ってもその程度しか出てこないんですか」と言ってきた。

 お前なあ!
 
 腰を浮かしたが、途端にアホらしくなった。

 こいつは、そういう奴なのである。他の奴なら殴り合いになっていただろうが、徳田は「その部分」が壊れているのだからしょうがない。

 それと、周囲のスタッフがさすがに「こら!」「お前それは酷いぞ」「何言ってんの!」と口々にツッコミを入れたのもあって、私は冷静さを取り戻した。

 それからしばらく、また重いムードの企画会議が続いたが、今度は徳田が私の顔をチラチラ見ている。

 私から見ると、徳田のパソコンのモニターの上から、徳田のおでこだけが見えている状態だったのだが、時々徳田が顔を上げると、目だけが見える。そしてその両目は明らかに私を見ていた。

 何を見られているのか。気になりだした頃、徳田の隣にいたライターのIが「おい! やめろよお前! この空気の中、笑わせんなよ!」と叫んだ。

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