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プロ雀士スーパースター列伝 精密機械・荒正義(文・黒木真生)

【薄情者】

 「薄情な麻雀打ちやがんだよな」
 
 ビートたけしさんが荒正義プロの麻雀をそう評した。
 2015年に終了してしまった番組だが、当時BSフジで放送されていた「たけしの等々力ベース」という番組でのことだった。

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 突然、たけしさんの番組から日本プロ麻雀連盟にオファーがきて驚いた。しかも名指しで、荒さんと瀬戸熊直樹プロに出て欲しいという。

 すげー。
 あのたけしが麻雀プロに興味を持つとは。

 私はたけしさんに会いたい一心で、その現場について行った。

 スタッフの方と打ち合わせをしていると、たけし軍団の人が1人、また1人と入られる。そのたびに「殿は?」と聞く。殿とはたけしさんのことで、どの人も「殿はまだなの?」と聞くのだ。
 その方々にとって師匠のような存在であるたけしさんが入られていたらご挨拶するのは当然だと思うのだが、なんとなく「早く会いたい」感が出ているのだった。
 そして実際にたけしさんが来られると、軍団の方だけでなくスタッフの皆さんも一斉に「殿!」と言って笑顔で駆け寄るのだ。掛け値なしに嬉しそうなのである。
 
 とにかく、全員がたけしさんを大好きなのであった。

 そして打ち合わせ中には、私にも気さくに話しかけてくださった。
 たまにモンドで麻雀番組をご覧になられているらしく「キムテヒョンは強そうな名前だね」とか「瀬戸熊ってすげえ名前だ」とおっしゃった。

 本番が始まり、最初のトークのところで、荒さんのことを「薄情な麻雀」とおっしゃった。
 
 私はこの人、すごいなーと思った。確かに、荒さんの麻雀は「薄情」である。言われれば「そうそう」と思うのだが、荒さんを見てこの「薄情」というワードが出てくるところが流石なのである。
 
 滝沢和典プロが未成年の頃に出場した「第4回モンド杯」の予選最終戦の南場の親番。滝沢はここで連荘しないと予選通過はないという状況だったが、同卓していた荒さんは食いタンか何かの安い手で滝沢の親をシビアに蹴ってしまった。完全なる薄情者である。

滝沢和典-1 (1)

  カラい、カラすぎる。十代の若者が伸びて行こうとする芽をあっさりと摘んでいる。

 観戦していた人たちは口々にそう言った。

 もちろん、こういったシチュエーションでも、手心を加えるようなプロはいない。
 だが、荒さんがやると、なぜか「薄情」な感じが一段とするのである。
 それはたぶん、荒さんからにじみ出るオーラみたいなものなのだろう。

【借金はダメだから】

 だが、卓を離れた荒さんは決して薄情者ではない。むしろ優しい人だと思う。

 自分が若い頃しでかした失敗をさせぬよう、私や滝沢に「絶対に借金はしてはならない」と言い続けてきた。

 そんなこと言われても、当時の若い麻雀プロなど借金とワンセットである。まともに仕事をしないのだから仕方がない。金がないくせに夜中にタクシーに乗り、焼肉を食ったりしていたのだから経済が破綻して当然だ。借金していない若手プロなど存在しえなかった。

 私は300万円ぐらいは借りていた。
 滝沢は私より若かったので、そこまでは借りていなかったと思うが、ある日、消費者金融のお世話になった。するとその翌日、仕事の現場で会った荒さんが「タッキー、昨日借りたでしょ? ダメじゃない」と説教してくる。
 滝沢は私を見て驚いている。彼の目は『黒木さんがチクったんですか?』と言っている。
 

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