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プロ雀士スーパースター列伝 石立岳大 編

【鼻息ムフー!】

 「JPML WRC League」という長い名称のリーグ戦予選を打っていたら、背後に石立岳大が立った。
 私の麻雀なんか見てもしゃあないのに、と思いながらやっていたのだが、確か七対子をやっていて、残した牌が重なったタイミングで「ムフー!」という鼻息が聞こえ、うなじに息がかかった。
 ゾクっとした私は、対局中だったが「ちょっと近いよ、近い」と背後を振り返って石立に注意した。
 彼は「すみません!」と謝って退散したが、その頃から私は「変なやっちゃなー」と思っていた。
 その後、石立と何かの試合で当たったのだが、とにかく「危ない牌、切りすぎやろ」という印象だった。同じ卓に滝沢和典がいたのだが、彼の仕掛けに超がつく危険牌を石立が切って倍満を放銃した。
 私は「そらアタリになるわ」と醒めた目で石立を見ていたが、彼はまた「ムフー!」と鼻息を荒くしながら少し笑みをたたえ、点棒を支払っていた。
 こいつ、タッキーが好きなんかな。
 私にとって石立はその程度の認識だったのだが、その後、彼は「JPML WRC League」で優勝する。翌シーズンも勝って連覇した。ディフェンディングチャンピオンのシステムではないので、連覇は至難の業だ。


 その連覇によって、2023年に行われた「Mトーナメント」に日本プロ麻雀連盟から推薦された。「JPML WRC League」は「王位」や「鳳凰位」と比べるとグレードが1ランク落ちるタイトル戦なのだが、連覇なら同じぐらいの価値があるという判断だった。
 そこで石立は一気にブレイクした。出るたびに人気者になっていって、優勝はできなかったが、決勝まで勝ち進んだ。石立岳大というプロ雀士の存在を、世間に知らしめることができた。
 プロになって初めて注目され、応援してくれる人も多数あらわれた。
 「もの好きな人もいるんだなあって思いました。あ! いやあの、本当に応援してくださることはありがたいんです。でも、とにかく注目度の高さに驚くばかりで。僕はただ、麻雀をやって楽しんでいるだけなので、これ以上ファンを増やそうとか、見てもらおうとか、そういうのはちょっと」
 こういうタイプには初めて会った。最初は「麻雀さえ強ければ良い」という態度だったプロ雀士でも、いざ多くのファンに応援されると「プロとしての自覚」みたいなものが芽生え、意識が変わっていくものだ。
 だが、石立は違った。
 「子供の頃からそうだったんで、母にいつも注意されていました。実家が浦安の酒屋で、母が配達に行く時、僕もよく連れていかれてたんですよ、小さかったから。で、お客さんから話しかけられても、ちゃんと返せないんですよね、内気すぎて。母は、客商売なんだから愛想のひとつもしなさいと言ってきたんですけど、できなかったですね。僕も、兄弟も、父も」
 石立が人見知りなのは父親ゆずりだったのだろうか。
 「分からないですけど、とにかく人前に出るのが苦手なんです」
 両親や兄弟は「麻雀プロとしての活動」についていまいち理解はされておらず「麻雀大会に出るのが趣味」ぐらいに思われているらしい。そして石立も特に説明をすることもなく「Mトーナメント」に出たことも報告していないのだという。
 なぜ、こんな内向的な人がプロ雀士をやっているのだろうか。

【自らの脳を育成する】

 石立は日本大学生産工学部を卒業している。大学では数理工学を学んだ。
 取材の最初にこれを聞いて、やや緊張気味だった彼の心をほぐすために「いま話題の日本大学やね」と言ったら「話題なんですか?」と返ってきた。
 いや、あの、アメフト部が。あれ、知らんの?
 「すみません、テレビないんです」

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