「キミは客を馬鹿にしている」 文・アメジスト机
柊恭一(ひいらぎ・きょういち)の独白
「すみません。ホットありありください」
「はい、ただいま」
平日午後2時の雀荘。
立ち番の俺は退屈しているので、たまにドリンクのおかわりを頼まれるくらいがちょうどいい。
「ホットありありお待たせしました」
「早いね。ずっと前に落としたやつだろ。新しく落とせよ」
ちぇっ。ただでレギュラーコーヒーを出しているのにこの厚かましさ。
それでもこの雀荘はまだ客筋がいいほうだ。
JR恵比寿駅前の雑居ビルの2フロアを使っていて、大人向けの店構えにしている。今俺がいる3階はフリーフロアで雀卓が9つある。4階は3階よりもさらに高級感のある内装のセット専用フロアで、卓は5つしか置かずゆったりしている。ついたてのむこうにソファーとテーブルが置いてあるのは、オーナーの夏井さんの応接スペースだ。
今日は4階に夏井さんだけがいる。
「15時に大事な客と会うから」とのことだ。
たぶん年明けに大井町駅の駅前に出す支店の話だろう。
俺もこの店でアルバイトを始めて3年目。そろそろ新しい店を任されて、ステップアップしてもいい頃だ。新店舗を任されることが決まったらちゃんと社員になって、大学を卒業するつもりだ。
うちのゼミの教授は「就職が決まった」と言えば、卒業に必要な単位を何とかしてくれる。そういう人だ。
実家が俺に無関心なことをいいことに3回も留年したのは、卒業後にしたいことがなかったからで、長いモラトリアムに過ぎない。
大井町に新店を出す計画を聞いた時、俺はやっと、やりたいことがはっきりした。
新しい雀荘の店長になりたい。
年内に社員になる内定をもらったら3月に卒業できることは、オーナーにも言ってある。感触は悪くなかった。
俺は麻雀が強い。
大学に入ってすぐ麻雀にハマり、セット仲間の先輩に紹介されたこの「ブロンズ」でアルバイトをしながら、自分の麻雀の才能に気付いた。とにかく勝てる。勝てるだけじゃなく、俺は長時間打てる。これは一つの才能だ。
世間には、「自分は麻雀が強い」と思い込んでいる奴らが多いけど、実はそうでもない。プロだってたいしたことないやつらがほとんどだ。だって彼らのほとんどは、ちょっと打ってたまたま勝って「勝てたから強い」と言ってるだけだからだ。
俺は違う。朝番から夜番を通しでずっと打てるし、それでも勝てる。たまにやってくる麻雀プロと打ってもだいたい勝てる。その証拠に、生活に困らないだけの収入をもらっている。
麻雀だけをして、暮らしていきたい。それが俺の目標だ。店長になれば、自分で打つだけじゃなくて、他人に麻雀を打たせて自分が儲けることもできる。
そのためには、まずこの「ブロンズ」の支店で店長になりたい。オーナーの夏井さんは、かなりやり手で都内にいくつかマンションやレストランを持っているけど、麻雀が好きだから、この店のセットフロアにいることが多い。俺は夏井さんのやりかたを見て、体で覚えて、いつかあんなふうに成功したい。レストランをやろうとまでは思わないけど、自分の雀荘を持ちたい。
そして金を儲けて夏井さんが乗ってるようなジャガーに乗りたい。浜松の実家にジャガーを横づけしたら、親はどんな顔をするだろう。
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