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幸せを更新する柚花       Victoria to update happiness   【文・馬場裕一】

※Victoriaとは「勝利の女神」を意味する

◆見据える麻雀でMVP

オーラス、西家の持ち点は28300点だった。
トップ目の北家は33800点なので、その差は5500点。
西家は柚花ゆうり。
今年開催された「麻雀BATTLE ROYAL チーム・チャンピオンシップ2022」において、MONDO TVチームに抜擢されたプレーヤーである。
親が第一打に[中]を切ってきた。
迷わず「ポン」と仕掛ける柚花。

オーラス1

あなたはこの仕掛けを見て、どんな印象を受けただろうか。
ドラの[二万]が重ねられればともかく、このままではトップをまくるのは厳しそうな手材料。
おそらく二着確保のポンと見る人がほとんどなのではないか。
打ち手によっては1枚目の[中]はスルーするかもしれない。
しかし柚花は、しっかり逆転トップを見据えて、この[中]を仕掛けたのである。

「もちろんトップは見てます。
ホンイツ、ドラ重なり、赤引きなど逆転するチャンスはいくらでもある。
この手なら大体の人は中ポンの一手だと思いますよ。
まず前提として、何が何でもテンパイは取っておきたいからです。
もう一局あることも充分予想され、そのときのノーテン罰符はかなり大事でからね。
なので中ポンの時点では、全てを見てるといった感じかな。
流局聴牌から満貫まで全てを――」

逆転のためには役牌の[白]と[西]はホンイツの大事なタネ。
これらを温存して柚花は打[八筒]。
すると次巡のツモが赤[五筒](正確には桃[五筒])だった。

オーラス2

逆転へのネタがひとつ増えた。
柚花は迷わず[二筒]を切り出す。
そして[九索]のツモ切りを挟んで4巡目、引いてきたのが[四索]だった。

オーラス3

赤もドラも役牌も切れない以上、ここは当然のようにマンズのペンチャン外しだ。
この後[五万]のツモ切りを挟んで[三索]を引き、7巡目のツモが[一万]。

オーラス5

柚花は場に3枚切れている[白]を打つ。
すぐ次巡に[五索]を引いてきた。

オーラス6

「問題は打点ですよね。
ホンイツ、ドラ重なり、赤などいろいろ見ましたが、巡り合わせが悪い場合は別にアガらなくてもいいのです。
仮に2000点のテンパイになってしまったら、アガらないという選択肢もあるんですよ」

ここで柚花は赤を見切って打[五筒]。
イーシャンテンに構える。
すると次のツモが自風の[西]!

オーラス7

あらゆる可能性を追って役牌を温存してきた甲斐があった。
やっと打点の可能性がみつかり打[二万]。
そしてここからは一気呵成だ。

オーラス8


オーラス9


[西]をポンした2巡後、あっさり[七索]をツモって満貫。
鮮やかな逆転トップ。
それにしても、この最終形までイメージできた人は何人いるのだろう。
柚花だけは、こういう結果も見据えて一打一打丁寧に手作りしていたのだ。
この他にも柚花オリジナルの攻撃や守備が功を奏し、MONDO TVチームは念願の初優勝。
柚花ゆうりは見事MVPに輝いた。


◆働き者の達人

新潟県が、意外に(と言っては失礼だが)著名な麻雀プロを多数輩出していることを御存じだろうか。
日本プロ麻雀協会代表の五十嵐毅を始め、金子正輝、滝沢和典、水巻渉、堀慎吾、魚谷侑未、足木優となかなかのメンバーが顔を揃えている。
実は他にも1人新潟出身の有名プロがいるのだが、なぜか彼女の出身地を知る人は少ない。
今年度の「麻雀BATTLE ROYAL チーム・チャンピオンシップ2022」でMVPを獲得した柚花ゆうり、彼女も新潟出身のプロ雀士なのだ。
ただ、柚花本人に言わせると、

「わたしが新潟県出身なのは、割と知っていただいてる印象ですよ」

だそうだ。
柚花は麻雀プロの傍ら、渋谷で「citrus(シトラス)」という飲食店の店長も務めている。

「お店(citrus)のお客様でも、同郷で親近感わいて応援がてら来ましたという方や、長期連休で新潟から遊びに来ましたって方もいらっしゃるんです。そういえば新潟時代のお客様も顔を出してくださったりしますね(笑)
その方からは、あの子本当にプロになったんだね!って地元で話題になっていると聞きました。
ただ新潟出身の有名プロがたくさんいるので、その方々の中に埋もれてる感は否めないでしょうね(笑)」

柚花が生まれ育ったのは新潟県長岡市。
麻雀との出会いは家族麻雀で、彼女以外全員打てたという。
柚花も中学性になったとき叔父に形だけ教わり、家族麻雀に参加できたそうだ。
しかし、逆にこれで柚花に火が付いた。
麻雀が打ちたくて打ちたくてたまらない。
家族麻雀はたまにしかやらないので欲求不満は募る。
それを救ってくれたのが、学校の先輩たちだった。
麻雀好きの先輩の家で打ちまくった。
点数計算を始め叔父には教えてもらえなかったところは、すべてここで叩き込まれた。
だが、これだけ熱心に麻雀にのめり込んでいたにもかかわらず、柚花はまったく勝てなかったそうだ。
連戦連敗の日々が続く。
悔しくて泣きながら帰った日も少なくないという。
そのときは「次は必ず勝つ!」と心に誓うのが日課となっていた。
それでも負けは続いた。
柚花が語る。

「今思えばなんですけど、先輩たちのレベルがそうとう高かったのではないかと。けっこう負けましたけど、その分わたしの実力もついたような気がします。いわゆる、身体で覚えるというやつですね(笑)」

やがて高校に入学した柚花は仕事先を探すようになった。

「働くのが大好きだったので、早くバイトしたかったんですよ」

で、彼女が選んだのがガソリンスタンドと居酒屋だった。
両方ともきつめの肉体労働だ。
だが、働くことが大好きな柚花にとっては、何の苦にもならなかったという。
むしろ毎日が楽しくて仕方なかったそうだ。
働くのが楽しくて楽しくて、結局彼女は高校一年で学校をやめてしまった。
それでも先輩たちは麻雀を付き合ってくれた。
相変わらず連戦連敗だったが……
あっという間に三年の月日が流れたが、柚花の生活は変わらなかった。
ただ、続くものと思っていたガソリンスタンドが突然潰れてしまった。
柚花にとっては残念なことだったが、悲しんでばかりもいられず、代わりになる働き口を探さなければならない。
そこで紹介されたのがマッサージ屋だった。
これもけっこうな肉体労働である。
しかし柚花はまた楽しそうに働いていた。
マッサージ屋の店長とも気が合い、充実した毎日だったようだ。
その店長が、ある日繁華街のキャバクラに引き抜かれた。
おそらく商売上手のところを買われてヘッドハンティングされたのだろう。
店長を慕っていた柚花にとっては大ショック。
そして、彼女が下した決断が意外過ぎた。
なんと店長と一緒にキャバクラに移籍したのである。
キャバクラで働くということは、マッサージ屋はもちろん、長年勤めた居酒屋も辞めねばならない。

「いや、居酒屋さんは続けましたよ」
 
 キャバクラしながら居酒屋で働くって、どういうこと?

「15時からお店(居酒屋)を開け作業して、19時まで働き、20時からキャバクラみたいな感じでしたね」
 
こんなにハードスケジュールにもかかわらず、前向きな性格の柚花は、新天地のキャバクラでもさらに仕事を楽しもうと考えた。
で、彼女が思いついたのが麻雀。
付く客付く客に麻雀の話題を振る柚花。
食いついてきた客にはアフター(お店が終わった後)で麻雀を打つ約束をする。
こうして麻雀を仲介としたお客さん関係をつくっていくと、いったい何が起きるか。

「同伴でもアフターでも麻雀でお呼ばれされることが多くなったんです」

キャバクラへ行かれない方にはわかりにくいかもしれないが、この業界で大事なのは「同伴」と「アフター」。
同伴とは、キャバクラの営業時間前に女の子が客と食事などをして、そのまま一緒にお店に来店すること、またアフターは、お店が終わった後も客に付き合うことを指す。
同伴の場合は、指名料や同伴料が入るし、アフターには金銭は発生しないが同伴への営業活動となる。
柚花にしてみれば、同伴だろうとアフターだろうと麻雀を打っていればいいのだから、こんな楽しい仕事はない。
同伴が入ったときだけ、居酒屋はお休みを取らせてもらったそうだ。

「実際、メンバーに穴が開いて、代わりに麻雀を打たされて、そのまま同伴で出勤ということもけっこうありましたよ」

食事とか酒だと会話も大変だが、麻雀ならほぼチーポンカンロンツモリーチだけ。
柚花の戦法は見事に成功し、次々と指名客を捕まえ、ついにナンバーワンの座に就くまでになった。
麻雀のほうも先輩たちに鍛えられたおかげか、まあまあいい感じの成績だったらしい。

そんな順風満帆な毎日だったが、あの柚花が肝を冷やすような事件が……
「新規のお客様が来店されました。柚花さんお願いします」
またひとり麻雀仲間を増やそうかなあ、と気軽な気持ちで席に向かったところ、彼女は凍り付いた。
その席に座っていたのが自分の父親だったからだ。
幸いむこうからはこちら側は見えない作り。
柚花は店の奥に取って返し、店長を始め皆に報告。
そういうことならと裏口から脱出して、その日はお店を休んだ。
さすがの柚花も、この仕事だけは父親には報告し辛かったようである。

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