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「ゲストプロは本走に集中するべきか?」文・アメジスト机

雀荘ベルベル

「金田プロの写真、ちょっとぼやけちゃいましたね」
 そう言いながらも、壁に張ったゲスト告知の写真を見ると胸が高鳴る。
「サイトからカラー印刷してラミネート加工しただけだからな。まあ、うちレベルの雀荘だとこんなもんだろ。分銅(ぶんどう)がしょっちゅう行ってる町田や新宿の雀荘と比べんなよ」
 鈴木店長は謙遜気味に言うけれど、今日、初めてゲストプロをよんだので緊張しているのがわかる。
「よく小田原まで来る気になってくれましたね。金田さん」
「まあ、一応俺が先輩だから。顔立ててくれたんだよ」

 ゲストプロ来店! Aリーガー・金田慎吾プロ

 ラミネート加工の上からマジックで書き、金のマーカーで縁取りしてある。赤いハートを散らしたのはアルバイトの良美ちゃんか。手作り感満載だが、店の思いが詰まっている。

 鈴木店長は、元麻雀プロだ。

 と言ってもCリーグまでしか行ったことがない。マスターズの本戦から準決勝に進み、知名度も上がってきてさあこれから、というときに、小田原で個人塾を開いていたお父さんが倒れたので、プロを辞めて戻ってきた。
 お父さんは神経系の難病が徐々に進行していて、自宅で寝たきり。お母さんが世話をしているが塾は続けられず、やめてしまった。
 家に隣接する平屋の教室を、思い切って雀荘に改装し卓を7つ置いてフリー雀荘「ベルベル」をオープンしたのが3年前だ。


 俺は、オープニングからいる学生アルバイト。

 小学生の時から高2の途中までずっと「鈴木塾」に通っていたから勝手知ったるものだ。姉ちゃんたちと違って中高の成績がよかった俺は、大学受験前に「秀英予備校」に移って頑張ったけど、国公立は全落ちで結局東海大学に入学した。
 大学には小田急で30分くらい。放課後、家とは反対方向の電車に乗って新宿や町田の雀荘に行くうちに「ゲストプロと打つ」ということを肌で知った。


「分銅がうちにもゲスト呼べって言うから、思い切って声かけてみたけど、本当に来てくれるとなると緊張するね」
「金田さん目当ての新規客も来ますかね」
「さあ、どうかな。イケメンの部類だけどさすがに滝沢内川に比べるとちょっと落ちるからな」
「Mリーガーと比べちゃダメですって」


 金田プロは、30代の中堅だ。B1リーグまではとんとん拍子に昇級したがそこでちょっと足踏みし、去年やっとAリーガーになった。

 知名度はまあまあ。自団体のタイトル戦が放送される時には実況・解説することはあるけど、Mリーグの解説席にはまだちょっと遠いかなという気がする。
「昨日、金田のツイッター見てみたら、フォロワーがちょうど8000人いたよ」
「それって、多いんですかね?」
「知らんけど、『明日は小田原のベルベルに行きます』って告知してくれてたよ」
 本当のことを言えば、俺は渋川難波プロを呼んでほしかった。

 良美ちゃんは

「ゲストプロ呼ぶんですか? 河野直也さん呼べますか?」

と言っていたが、店長が声をかけたのはプロ時代に交流があって直接連絡先を知っている金田だった。

 このへんの手堅さが、良くも悪くも店長らしい。
「金田を呼んでみて、うまくいったらまた考えようよ」
「渋川がMリーガーになる前によんでくださいよ。なったら来てもらえませんからね」
「じゃあ、ねえ、本田さんがMリーガーじゃなくなったらよべる?」
 ミーハーな女性ファンはどういう基準で応援してるんだかよくわからない。
「とにかく、今日はがんばろう」
「日曜日で、普通に常連さんも来てくれるから、なるべくいろんな人と打ってもらえるようにしようね」


 この店の常連は、学生と自営業者の2種類に大きく分かれる。

 たまにサラリーマンの客がいるけど、そんなに多くはない。スリアロチャンネルやABEMAで配信対局を見ている学生なら、金田プロのことも知っているかもしれない。漁業や商業に従事している年配の人は、男性プロなんか興味ないだろう。

 金田プロ目当ての女性ファンとかが来ると、店の雰囲気が変わるかな……。小田原にそんな人がいるのか?

金田プロ来店


「もうすぐ12時だな。そろそろゲストが来るぞ」
 セット2組は店の一番奥に通した。フリーも2卓。待ち席の学生2人はたまに来る客で、今日はゲストと同卓希望だ。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
 元気よく挨拶して、金田プロが入店した。

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