見出し画像

見りゃわかるだろ、アタリだよ【作・アメジスト机】

見りゃわかるだろ、アタリだろ

「おっと、それだ。とりあえずラストーーー!」
 手牌を倒すと同時に右手を挙げて店員を呼ぶ。

 ゲーム回しが何より大事なフリー雀荘で、俺は本当にいい客だ。

 敵をとばし、すぐに次のゲームに入れるようにしている。それなのに、周りのやつらときたら、実にのろまでどんくさい。

 特に今日のトイメンの学生ときたら救いがたい。
「早く払ってよ、トビの祝儀もね」
「えっ……」
「マンガンで、祝儀は赤2枚、トビ1枚」
「あの、そうなんですか……?」
「今赤ウーピン切ったよね。それがおれのアタリ牌なの。發・三色・赤赤でマンガンでしょ?」
「あ、はい……」
やっともたもた点箱を開ける。
「黒棒でいいよ。祝儀は3枚」
「3卓ラストありがとうございます」
 店長の倉本さんがやっとラストを取りに来た。
「イケメン榊原さん、ご新規さんにはやさしくしてよ。それでなくても強くてこわいんだから」
「ダメだよ。俺、ご新規さんを甘やかさない主義なんだ」
「じゃあせめて、アガるときには先に『ロン』って言ってくれる? いっつも言ってるでしょ?」
「えー、そこ? だって、見りゃわかるだろ、アタリだろ」
「わからない人もいるから」
「そんなもんもわからないで雀荘来るなってんだよ」
 店長は俺の肩に軽く手を置いて、トイメンに言った。
「卓を伸ばしますので、ご精算が終わったら移動してもらえますか? すみません」
 俺と打つには早いってことだな。あっち行けよ、愚図。
「はい、ありがとうございました。あのー……」
「ん? まだ何か?」
 なんだよ、愚図。
「もしかして、テレビに出てる人ですか?」
「あっ、そうそう。わかってくれたんだ! うれしいな」
 そうとなったら話は違う。俺のこと、わかってくれたのは本当にうれしい。愚図なんて言ってごめんな! と心の中で謝罪する。
「なんか、どこかで見た人だなあと思ってました。なんかのコマーシャルですよね」
「そうそう。機内食を『ビーフオアチキン?』って聞かれた彼女が、『アイアムチキン』って言った時にズコーってなるカレシの役。保険会社のCM」
「ですよね! イケメンなのにズッコケ方が好きだなあって思ってました! がんばってください!」
 そう言って、マンガンもわからない愚図愚図くんはあっちの席に移っていった。いつか、俺がもっと有名になった時に「榊原圭祐と麻雀打ったことあるぜ」って言ってもらえるように頑張ろう。ワキの君たちもそうなんだぜ、と思ってみたら2人ともラス半でもういなかった。
「店長、この卓どうなるの?」
「少々お待ちください。ご新規さんをお2人ご案内します」
「じゃ、タバコタイムにする」
 俺はタバコとライターとスマホだけ持って喫煙室に向かった。

 オーディションを通ったCMを見てくれた人がいるとわかって、とても気分がいい。

 今どきテレビCMってどうなんだろうと思ってたけど、正直ホッとした。

では「ロン」「ツモ」なしでやってみますか


 タバコから戻ると、中年の小柄な男が俺の下家に、これも中年のキツネみたいな女が俺のトイメンに座っていた。上家は店長だ。
「榊原さん、こちらご新規の久元さんと古渡さんです。私、本走入りますのでよろしくお願いします」
「よろしくー」
 ご新規だけど、麻雀の経験はあるらしく、摸打はスムーズだ。起家の店長が500オール、1000は1100オールとアガる。
「ポン」
俺は中を仕掛けて、親を落としに行くことにした。

画像1

 この聴牌をしていると下家の男がを切った。
「それだ」
 俺が牌を倒した。と同時にトイメンの女があっという間にを切った。店長がツモ山に手を伸ばす。
「ちょっと!」
 俺が声を上げると、店長が手を止めた。
「なんですか?」
「アガリだよ」
「は?」
「ロンだって言ってるんだよ!」
 俺が倒した牌の七八のターツを前に出して見せると、女が想像以上に大きな声で言った。
「先ほどは、ロンとは聞こえませんでしたが?」
 その声が店内に響き、隣の卓のやつらもセットのやつらも、俺たちの卓を見る。
 俺は下家の男に言った。
切ったよね?それがアタリなんだよ。俺、倒しただろ?」
「はあ……」
「ザンクはヨンゴだろ?」
「はあ……」
「見りゃわかるだろ! そのアタリだろっ!」
 まったく点棒を払う気配がなく、らちがあかない。
「店長、どうなるの、これ。ヨンゴだろ?」
「榊原さんの『ロン』の発声は、私が山をツモりに行くときでしたから、同巡内フリテンのチョンボですよ。マンガン払いですね」
「そんなことあるかよ!」
 俺がにらむと、女がしれっと言った。
「さっき受けたルール説明では、アガリの発声は『ロン』または『ツモ』ということでしたけど」
「そうです」
店長が答える。
「じゃあ、ハウスルールには従わないとね」
「榊原さん、早くマンガン払ってください。私に4000、お二人に2000です」
 俺はムカついた。ハメられたような気がした。店長に5000払い、もらったおつりを使って2人に2000ずつ、投げた。せめてもの抵抗だ。女が細い目をもっと細くしてにんまり笑う。
「常連さんがそんなに気に入らないなら、私は『ロン』『ツモ』の発声にこだわらなくてもいいけど。久元さんはどう思う?」
 問われた男は、軽くうなずいた。この二人は知り合いなのか。
「じゃあ店長、このチョンボ料はもらうけど、ここから先は発声にはこだわらないです。常連さんを立てて、それでやってみません?」
「んー、本当はルールを守ってほしいところですけど、お二人がそれでいいならいいですよ。榊原さんはいいですか?」
「いいよ」
 いいに決まってる。そもそも、『ロン』なんて発声、好きじゃないんだ。「それだ」とか「出るかねそいつが」とか「おっと一発」とか「やっぱしお前からか」とか、かっこいい言い回しがいくつもあるのに。
 俺がチョンボ料を払い、東1局2本場からやり直しになった。

何に点棒払ってんの? 

 
「それだね。2000は2600」
 アガったのは久元と呼ばれた男だった。女がさらっと点棒を払う。
そこからは、新規の男と女が交互にお互いからアガる展開が続いた。
「2000」
いきなり倒しながら点を言う男。
「出るの、それ。マンガン」
つまらなさそうに倒す女。

しかし、アガリのセリフは男よりも気が利いている。まるで組んでるみたいに、お互いにキャッチボールのように点棒をやり取りしている。店長は完全に気配を消して摸打をしている。

なんなんだよ、この空気。

でも俺は、さっき不当に取られたチョンボ料を取り返したいんだ。そのために、なるべく鳴きを我慢してリーチを目指して打っていた。

それなのに、
「ツモるつもりだったのにねえ、それよ、ゴーニー」
また女がアガった。
(やってらんねえ)
そんな思いを伝えたくて店長をチラ見したけど、店長は俺のほうをまったく見なかった。

必死で無視してるとしか思えないほど視線も顔も、こっちにやらない。

どういうことだよ。
 南場の親番、俺は赤引きを期待して手に置いていた四萬を手放すことにした。ツモ山に手を伸ばすはずの男が、倒牌したのはその時だった。
「めんちん」

画像2

「あ……」
 すぐに反応できないでいると、男が二三のターツをそっと前に出した。
「ハネマンだね。12000」
「わかってるよ、そんなこと」
 俺は12000を卓に置いた。
「わかってるのに余計なことして悪かったねえ」
 小柄な男がくっくっと笑う。

 めちゃくちゃムカつく。

 親番がなくなってほぼラス確定だけど、なんとか一矢報いてやりたい。
 南3局、男の親番。俺にソーズの手が入った。

 ドラは5sだから赤は絶対に使いたい。

 でもごちゃごちゃしてよくわからない。鳴いてもハネマンあるからできたら鳴きたい。

画像3

ここから先は

2,265字 / 2画像

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?