見出し画像

差し入れはいりません【作・アメジスト机】


差し入れよりもゲーム代が欲しい

「いらっしゃいませー」
「こんにちはー。はい、これ、差し入れ」
「わあ、いつもありがとうございます! ドリンクなんになさいますか?」
 同番の由美ちゃんが、いつものようにお出迎えをしている。渋谷駅近くの禁煙雀荘「クレイ」は中年男性のお客様が多い。そして、来店時に差し入れをくれる人が多い。
「仁美ママ、水森さんにチョコレートたくさんいただきました!」
「まあ、水森さん、いつもありがとうございます」
 私もにこやかにお礼を言うけれど、内心舌打ちする。ゴディバの詰め合わせ? あんた先週、リンツのチョコを袋に一杯持って来たばかりじゃないのよ。いろんな味があっておいしいけど300個もあるとうんざり。従業員の女の子たちも、たくさんは欲しがらない。結局私が200個以上電車で持って帰って、今うちの冷蔵庫で眠っている。
 うちは夫の実家と同居で人数は多いけど、子供は中1と小4の男の子だし、そんなに高級チョコが好きなわけじゃない。アルフォートやアポロチョコのほうがおいしい年ごろだ。
リンツは量り売りだから1粒ざっと100円として3万円? それだけの額を、1日の売上に計上できたらどんなにいいか。

ああ

「ママ、チョコ冷蔵庫に入れときますね」
「入るかな?」
「あー、昨日誰かにもらったケーキがけっこう場所取ってます。あ、奥にあんみつもある! これ、今日中に食べなきゃ」
 この店は、私の夫の実家がオーナーの、ありふれたフリー雀荘だ。実家は古美術商でいくつか不動産も持っているけど麻雀には門外漢で、店自体は女流プロの私に全面的に任せてくれている。従業員もプロやプロ志望の女性が多くて、華やかな雰囲気はあるのは自覚している。

 でも、この店は断じてキャバクラではない。欲しいのは差し入れや貢物ではなく、麻雀を打って払ってくれるゲーム代だ。
「仁美ママ、トイレットペーパーのストックが少ないです」
 由美ちゃんが言う。
「あーじゃあ、買ってくるわね」
と言ったら佳奈ちゃんが
「ママ―、牧原さんからお電話です」
「はい、もしもし?」
「あ、ママ? 今からちょっと行くけど、何か欲しいものある? 今デパ地下にいるからさ、差し入れするよ」
「あら、ありがとうございます」
 私は心の中で、(ダブルのトイレットペーパー、無地のヤツ、24ロール)と言うが口には出さない。
「どうかお気遣いなく。すぐ卓立てますからいらしてください」
「まあ、そう言わずにさ、なんかない?」
「じゃあ、今冷蔵庫に余裕がないので冷やさなくていいものなら」
「わかったー。見つくろっていくよ」
 見つくろわなくていい。早く来て、サッサと打て。由美ちゃんと顔を見合わせてため息をつく。
「牧原さん来たらスリー入りで打つから、準備して」
「はーい。デパ地下うろつく暇があるなら早く来てほしいですよね。
東場で飛ばしちゃいましょう!」
「トイレットペーパーは後回しね」
 私は、3卓立ってる丸い卓のドリンクをチェックするために店内を回った。するとまた、由美ちゃんの声。
「いらっしゃいませー! あ、益子さんいらっしゃいませ」
 益子さんは、しょっちゅう手作りのお菓子を差し入れしてくるお客さんだ。がっちりした体格でまあまあイケメンなんだけど、いつもすごく甘いにおいがする。
「あまり時間なくて2回くらいしか打てないけど、いい?」
「はい、ちょうどもうすぐ卓が立ちます」
「じゃあこれ、差し入れ。少しだけど」
 今日は何だろう? まさかまた手作り? 手作りならゴミ箱に直行なんだけど?
「あ、かわいいジャム! コレ有名なんですよね?」
「そうなの? 出先でちょっと行列ができてたから買ってみた」
「ママ、益子さんからジャム3個いただきました」
 おお。たぶんそれは『幻のコンフィチュール』と呼ばれてるやつだわ。手の平に隠れるくらいの小瓶で、持って帰りやすいし重くない。今いる由美ちゃんと佳奈ちゃんと1つずつ分けられるから、それなら大歓迎。
「あ、それと、これは僕が作ったプディング」
「あっ……」
 私は内心、ズッコケた。それはノーサンキュー。プディングだなんて、何を気取ってるの。プリンでいいでしょ。どうせゴミよ。ゴミ作ってる暇があるならもっと早く来て5回打ちなさいよ。由美ちゃんもきっと同じ気持ちだ。微笑みを引きつらせながら受け取っている。
「牧原さんが見えたら卓立てますので、お待ちくださいね」
 そこに牧原さんが入ってきて佳奈ちゃんに御座候の箱を押し付け、
佳奈ちゃんが熱さに悲鳴を上げた。

ここから先は

5,037字

¥ 150

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?