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「客のカゴから金を抜いたね?」

文・アメジスト机

「おーい、コーラ! 氷なしで」
「コーラのコーラなしだって」
「氷なしだよ!」
「知ってるよ。俺にもコーラ。アガれるやつね」
「ちょっと、代走! ツモっといて」


 フリーは丸い卓が1つ、メンバーがワン入りの卓が1つ。
 昼間の客はジジイがほとんど。
 午前中から来てモーニングサービスの食パンを食いフリードリンクをがぶがぶ飲みながらのろのろ打ち、しょっちゅうトイレ代走を頼んでくる。
 俺は、洗い物があまり好きじゃないので、フロアーの立ち番をしてなるべく代走に入るようにしている。
 近所にはついこないだ中退した日大があるが、そこの学生はテンゴのWOOにでも行っているのだろう。
 この「きみどり」にはめったに来ない。
 セットもWOOの方が圧倒的に安いし、来る理由がない。ここに来る学生たちは、腕に覚えがあってジジイたちの金目当てで来る奴くらいだ。この店はゲーム進行は遅いし、つまらないジジイたちの話は聞かされるし、麻雀そのものを楽しみたい人には向かない。


 俺は、ジジイたち相手に勝てるから通っていたけど、なんとなく大学に行くのが面倒になり、親が送ってきた授業料を払わないで、そのまま中退してしまった。父ちゃんからは「和歌山に帰ってこい」とも言われず、母ちゃんからだけは思い出したように「元気で暮らしなさい。たまには顔見せに来なさい」とラインが来る。


 この「きみどり」のアルバイトをすることになったのは、大学をやめたすぐ後だ。俺は昼番なので、来る日も来る日も、ジジイたちの相手だ。今いるのは、アパートをいくつか持っていて不動産収入で食っている赤川、株の小口投資でちまちま稼いでいる年金暮らしの桃井。あとは商店街のパン屋の店主と、布団屋の店主。ちょっと若そうな人はたぶん、どこかの営業だ。この雀荘は、打ちながら堂々とタバコが吸えるのでそれが目的で来る営業マンもいる。不潔ではないがおしゃれでもなく、群れるとむさくるしい、中高年の男たち。


 はっきり言って、俺は年寄りがキライだ。

 子供の時には父ちゃんの親兄弟と同居だったのだが、じいちゃんとばあちゃんが、おれの母ちゃんのことをずいぶんこき使っていたので、嫌な記憶が残っている。自分で動けばいいのに「あれを取れ、これを持ってこい」と言ったり、母ちゃんが作った料理をやたら味が濃いとか、汁が熱すぎるとか文句ばっかり垂れていた。俺には、母ちゃんの料理は全部おいしかったし、熱い汁をアツアツで出してくれるのが特に好きだった。


 年寄りはわがままで、えらそうで、若いものを見下している。それはじいちゃんばあちゃんだけでなく、学校の先生も、近所のお店の人も、年寄りはだいたい、わがままでえらそうだった。
 店長や先輩は、高齢の方はじっくりたくさん打ってくれるからありがたいと言うが、俺にはそうは思えない。
 毎日朝から夕方までだらだら同じ金をぐるぐる回しながら打っている。男の店員にエラそうにし、女の尻や脚をじーっと見ている。

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