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小説「雀荘にビンゴゲームはいらない」アメジスト机

1 大手雀荘の進出

 街の片隅で、地元客相手にほそぼそと営業していた雀荘が、大手の進出によって廃業に追い込まれる……。そんなこと、よくあることで当たり前のことかもしれない。他人事なら「でしょうね」「時代だよね」と済まされるかもしれない。
 じつはボクも、そんなもんだと思っていた。自分が働いている店がつぶれるまでは。


「駅のあっち側に、コバルトがオープンするらしいね」
 常連の鈴崎さんに言われて、ボクは苦笑いした。

 帰り際の雑談みたいに言ってるけど、本当はずっとその話をする機会をうかがっていたんだろう。ここ数日は、誰もかれもがコバルトの話をする。コバルトはフリー雀荘の大手チェーンで、主要な駅の好立地なところにどんどん出店攻勢をかけているから麻雀に関わる者なら無視できないんだろう。こんな、場末の雀荘のお客さんでも。
「ボクも、行ってみようと思ってるんですよ」
「お、おう、そうか」
 にっこり笑ってさらっと言うほうがいい。でないと、「あっちにお客さん取られちゃうかもな」「俺、あっちの常連になろうかな」「女の子がいっぱいいるらしいしな」などと、くだらない話を聞かされる羽目になる。
「ありがとうございましたー」
 鈴崎さんを見送ってカウンターに戻ると、店長の駿河さんが話しかけてきた。
「鈴崎さんなんか、コバルト行ったら一発で出禁だろう。マナー悪くてさ」
「そうですかね」
 ボクは店長の発言もさらっとかわす。店長は大手雀荘のWOOで働いていたけど、組織からドロップアウトしてこの場末の「つくし」に流れついたらしい。麻雀が強いから、このつくしで打ってれば生活はできる。だから全然、他の店に行ってないみたいだ。
「店長はコバルト行かないでしょうけど、そんなにマナーのいい店じゃないですよ」
「そうなの?」
「WOOはどうでした?」
「まあ、WOOは若い客が多いからなんか、マナーが悪いというよりは基本的な行儀が悪い感じだった。コバルトはもうちょっと大人の店だろ?」
「まあ、客の年齢層は高いかもしれないけど、店員はがちゃがちゃしてるし、一番マナー悪いのは本走だったりしますよ」
「ふうん」
「本人たちに自覚がないところが一番マナ悪ですね」
「おまえ、キツイな。コバルトに恨みでもあるのか?」
「勝てないから……なんてね、ハハっ」
「おい、戸田君。コレで終わるから車出しておいてもらえるかね」
「はーい。キーをお借りしますね」
 駐車場が狭いから、こういう仕事もある。エレベータに乗り込むと、先客がいた。若い女性2人。上の階にある美容室の客だろう。
 このリンケンビルは昨年外壁を塗り替え、ちょっとしゃれた外観になった。すると途端に、美容室とネイルサロンがテナントに入り、このところ女性客が増えている。
(いい香りだな)と思って鼻腔を膨らませようとしたら、女性2人は軽く手で鼻と口を覆った。
(タバコのにおいか加齢臭か……。しかたないな)
 20年以上続く雀荘だから客はほとんど喫煙者。しかもだんだん客の年齢は高くなり、加齢臭はきつくなる。20代のボクにも移り香があるかもしれない。
 でも、週3~4回のアルバイト先としては気に入っている。世間的には「フリーター」と呼ばれるのかもしれないけど、ボクは「就職に向けて資格の勉強中かつ社会勉強中」のつもりだ。
 (つくしが流行らなくなって働けなくなったら嫌だな)
 それが、コバルト進出を受けての、ボクの本音だった。

2 集客のためのイベント

「大手のコバルトが店を出すからって、そんなにピリピリしなくていいんじゃないかしら?」
「甘いですよ、オーナー。これはつくし存続の危機です!」
 今夜のつくしのミーティングは参加者4人。だいたい閉店後、オーナーと店長の都合が合った時にゲリラ的に飲み会を兼ねて開催される。そして、たまたま勤務中や客打ちのアルバイト店員が参加してただの酒にありつく。オーナーの並木咲絵ママさんは商店街の中でスナックのママさんもやってるので、今夜はそっちの店をチイママに任せ、缶ビールとたこ焼きをたくさん買ってきてくれた。
「じゃあ、駿河君、何か対策とかあるの?」
「あります!」
 ママの質問を待ってましたとばかりに、店長は身を乗り出した。
「コバルトって、いろいろなイベントをやって雀荘のお客さんに楽しんでもらう店なんですよ。だから、うちの店もイベントをやろうと思ってます!」
「イベント? うちのレベルじゃゲストプロとかよべないわよ」
「そういうんじゃなくて、クイズとか、ビンゴとかです」
「えー? あ、ねえ、話しながらでいいから、たこ焼き食べてね。さめちゃうから」
「はい!」
 店長がほおばっている間にママはボクのほうを向いた。
「戸田君も、そういうイベントって効果あると思う?」
「え、ボクは……ちょっとわかんないです」
 曖昧に首をかしげてみせる。どういう態度を取っていいのか、正直よくわからない。すると、もう一人のバイトの桑野が助けてくれた。
「コバルトができたら、とりあえずそっちに一度は行ってみるっていう客は多いと思うんですよ。だから、何も努力しないでいたら客は減りますよね」
「そう! 俺はそう思うんだよ! 店長として」
「だから、イベントやってみたらどうですか? 努力してるところを客に見せるだけでも効果あるかもですよ」
「そうかねえ……」
 ママはボクのほうを見るけど、その意図はわからないから、ボクはニュートラルな表情を崩せない。
「戸田君は、べつに、反対ってわけじゃないのね?」
「はい。ボクはわからないだけです」
「じゃあ、うちもイベントやってみましょうか。言いだしたからには
店長が責任持ってやってくれる? 全部任せるわ。もちろん、経費はいくらか掛かるんでしょうけど」
「企画も実践も、ちゃんとやります。経費はなるべく抑えるようにします」
「まず、何やるの?」
「えーと、雀荘で人気のイベントはいくつかあってですね……」
 店長がうれしそうに話し始める。クイズ? ビンゴゲーム? 黒ひげ? ミッションクリアくじ? 店員とジャンケン? モーニングサービスポイント? なんだかものすごくいろいろ考えて来たみたいだ。

 いつ考えたんだろう? 勤務中かな? 
「……って、いろいろありますけど、ママはどれがいいですか?」
「えー? 私にはわからないわよ。私は雀荘では麻雀だけしたい人だからね」
 そう。ボクも本音はそうなんだ。コバルトには何店か行ったことがあるけど、麻雀している途中でサイコロを振れとか、くじを引けとか、いろいろ言われるのが苦手で行くのをやめてしまった。

 このつくしはそういうのが一切なくて、ただオッサンたちとずーっと麻雀を打ってるのが楽しいんだけどな。
「じゃあ、まずは手役ビンゴにします!俺、これ好きなんで!」
「この件は店長の駿河君に任せたから、好きにすればいいわ。経費はちゃんとレシートを取っておいてね」
「はい。じゃあ戸田と桑野はビンゴ作るの手伝ってくれる?」
 えー、めんどくさ。
 ボクはそう思って桑野を見た。桑野は「はい!」なんていい返事をしている。まじか。
 ママが言った。
「あーねえ、その、ビンゴ作ったりする時間もちゃんと時給払うから申告してね。家で作業するときもね」
「え。はい」
「かかった手間と経費と、その効果をちゃんと検証するためよ。じゃあ今日は解散! 私はスナックのほうに行くわ」
「たこ焼きごちそうさまでしたー」
 ビンゴは5×5のものを最低4種類は作りたい、と店長が言うので、ボクと桑野は「1時間でできるところまで考えて持ってくる」という宿題になった。それ以上時間をかけたらサービス残業と同じだ。

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3 ビンゴを始めてみたら

「え、ナニコレ? ビンゴ? やるの?」
 店長が来店したお客様にカードを手渡すと、必ずこう聞かれる。
「はい。ここにあるのを達成したら教えてください。スタンプ押しますから」
「ふうん。ビンゴになったらいいことあるの?」
「ゲーム券を差し上げます」
「ビンゴはいいけど、券もらってもなくしちゃうから、そっちでつけといてよ」
「あ、それでもいいです。とにかくがんばってください」
「なんだかめんどくさいことが始まっちまったなあ、おい」
 ビンゴゲームを始めてみると、お客様の反応は完全に2つに分かれた。おもしろそうにミッションクリアを目指す人と、あまり興味なさそうに普通に打つ人だ。前者だけで丸くなると、その卓はすごく盛り上がる。後者だけで丸くなると、完全に無視されている。でもそんな状態になることはめったになくて、1つの卓の中に2種類のお客様がいるのが普通だ。

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