【麻雀小説】カード一緒にご確認ください【アメジスト机
メンタルを保ちたい雀荘店員
「ちょっと! 何時だと思ってるのよ! 植垣あんたこれで何回目の遅刻?」
「すみません、ちょっとゆうべ、バーの方の仕事が忙しくて終電になっちゃって……」
「掛け持ちの仕事のことなんか知らないわよ! こっちはこっちで給料払ってんですからね! 10時に出勤なら9時45分には店に入りなさいよ!」
10時1分。駅から走ってきたが、遅刻は遅刻だ。
「起きられないなら夜番に回るとか、やりようがあるでしょ!」
「あ、ちょっと、エプロンつけてくるんで」
オーナーの横をすり抜け、従業員控室に入る。
「おはよマモル、ごめん、遅くなって」
「先輩、おはようございます。いいっすよ、別に。ゆうべシルクハットのほう忙しかったんですか?」
シルクハットは、俺とマモルがたまに入ってる渋谷のマジックバーだ。
マモルはこの雀荘のバイトを紹介してくれたが、俺の方が年上なので「先輩」と呼ぶ。
「うん。カードマジックの客がけっこう気に入ってくれて、何回もアンコールしてた。その後寿司屋」
「いいっすねー! 先輩、腕もいいし、めっちゃイケメンだからモテますよね」
「オバサンばっかりだけど」
「今、金持ってるのはオバサンですからね。
ここのオバサンも金は持ってるんですよね」
「最近、オーナー店来るの早くない?」
「ダンナがリモートワークで家にいるみたいです。一緒にいるのがうっとうしいからさっさと出てきて、ここで打ちたいみたいです」
「遊びたいんなら他所の店行けよ」
制服代わりのエプロンを身に付け、鏡を見る。控室の小型冷蔵庫からレッドブルを出して一気に飲む。
「じゃ、行くか!」
「俺、冷蔵庫の在庫チェックしときます」
フロアーに出て、フリー卓の横で挨拶をする。
「おはようございます。本日も一日よろしくお願いします」
「おう、朝から怒鳴られてたな」
「すみません、1分遅刻しました」
「別に、俺らに関係ないけどな」
オーナーは自分専用の小部屋に引きこもって新聞を読んでいる。出番が来たら喜んで打ちに出てくるだろう。
8卓あるフロアを、ぐるっと見て回る。夜番がすでに掃除済みで特に問題なし。
カウンターに入ってレジのチェックをし、ゲームカードを数えた。
うちの店は、最初に現金1万円を預かってゲームカードに交換してもらう。
カードはプラスチック製でトランプよりすこし厚いくらい。ケチなオーナーにしては、ここはちゃんと金をかけている。
1000円券9枚、100円券10枚をかごに入れて客に渡す。
客は麻雀を打って勝ったり負けたり、時には食事やビールを買ったり、すべてカードでやり取りし帰るときにカードを換金する。
このカードが、俺にとっては大事なのだ。
カードにアルコールを吹き付け、1枚1枚丁寧にふく。時間があるときはなるべくこの作業をする。アルコールがしっかり乾いたら、1000円券を9枚数える。
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10」
10枚あるように数えるが、本当は9枚しかない。
これは、俺の本業がカードマジシャンだからできる特技だ。
次に1000円券を数える。
「1,2,3,4,5,6,7,8」
8枚あるように数えたが、本当は10枚。少なく見せることもある。
この特技があるから、俺は笑顔でここで働いて行ける。
世間の雀荘で、「カードを抜く」とか「ごまかす」とかでもめることもあるようだが、それは素人がやるからだ。
マジシャンがやると絶対にミスはないし、素人には見抜けない。
このことは俺だけの秘密で、マモルにも言ってない。
初めてこの店に来て「カードでやり取りする」と聞いたとき、「ごまかせるんじゃないか?」と心に浮かんだ。
そしてオーナーにいきなり上からモノを言われた瞬間、思いつきは決意に変わった。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
いつも10時過ぎに来るじいさん2人連れだ。
「おしぼりどうぞ。検温と消毒お願いします。はい、お預かり1万円ずつちょうだいしますね」
カウンターに戻り、さっきセットしたカゴを1つずつ渡す。
「卓を立てますので少々お待ちください。お飲み物はなんになさいますか?」
「熱いお茶を」
「私はホットブラック」
「ドリンクお願いします! アツ茶とホットブラック!」
マモルに声をかけてから、
「ドリンクお持ちしてそのまま本走に入ってくれる?」
と付け足す。
その足で、オーナーの小部屋へ。
「オーナー、本走お願いします」
「私のカゴ持ってきといて」
カウンターの中には、従業員専用のカゴもあり、オーナーのカゴにはスヌーピーの人形がついている。従業員のカゴやカードの管理にはうるさくて、毎日チェックさせるが、自分のカゴは治外法権。
いつもたくさんのカードが入っている。これには触らないのが不文律だ。
アルバイト君のサイドに1万円入りのカゴを、オーナーのサイドにスヌーピーのカゴを置く。
「あ、私のカゴにゲーム券足してくれる?5000円分」
「かしこまりました」
カードを手に戻ると、もうゲームは始まっていた。オーナーの横で、カードを数える。
「1000円券が1,2,3,4。100円券が1,2,3,4,5,6,7,8,9,10で5000円分入れます」
オーナーは、俺を無視。
ババア、とんぱつに役満振りやがれ。
今オーナーのカゴの中にあるカードの一番上は1000円券だ。
俺は、1000円券を下にして、カードをかごに入れた。
その時、1枚抜いて自分のポケットに入れておく。
こうしておくと、もともと入っていたカードと、今入れたカードの境目が分からなくなるので、万一「足りない」と言われても「そんなはずない」で押し切れる。
まあ、「足りない」なんて言われたことはない。
このオーナーは、従業員は全員自分にかしずくべきで、客は全員自分を儲けさせるために来店していて、この店の中で自分の不利益になることは起こるはずがないと決めつけているのだ。
「あ、コーヒー淹れてきて」
「はい、ただいま」
「新しく落として。ブラックよ」
「はい」
朝から怒鳴られましたけど、たった今、1000円いただきましたからね。
こうして、俺はメンタルを保っている。
金を抜かれた人は喜んで帰る
「お客様お帰りです。カウンターで換金お願いします」
マモルの声がする。
「はい」
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