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私設Mリーグダービー13【前編】「デジタルvsオカルト」とパターン認識について

松ヶ瀬はうちのチームの選手である。彼が連闘してどちらも箱下に沈み、一人でマイナス160を叩き出した晩。私は「旅に出ます。探さないで下さい」と書き置きして、蒸発しかけた。

だがあいにく、その日のうちに仕上げねばならぬ仕事があったので、思いとどまった。うちの選手がいい手でリーチしたあと、掴みまくる「美人局」に遭ったのは、瑞原に続き二度目である。

翌日、私は昼から飲める浅草の酒場へプチ蒸発を敢行した。一晩でマイナス160だって? 飲まずにやってられるか、という心境である。

それを聞きつけたタクシー貴が、乗車を終えて、寝巻きのような格好で駆けつけた。子供のころ、「昼から酒を飲んでるおじさんたちって、なんの仕事をしてるんだろう?」と疑問に思ったものだ。いまなら答えられる。売れない作家とか、タクシー運転手だよ、坊や。

「いやー、センセイ。昨晩は災難でしたね」

貴が笑いを噛み殺しながら言った。昨年まで貴は松ヶ瀬でポイントを稼ぎまくった。だが今年は指名しなかった。かわりに私が一位指名したとたん、巨艦が沈み出したことが嬉しくて堪らないらしい。

「まわれ、右!」

私は箸で出入り口のほうを指した。

「いやいや、お相伴させてくださいよ。お新香おごりますから」

貴が席につき、勝手にピッチャーでビールを注文する。

 

「そういえば太がこのまえドリブンズの楽屋配信で『好きな麻雀用語は持ち持ちです』って言ってた。なかなかフラのあるお医者さんだよな」

「ふ〜ん」と私。「たしかに太は超絶アタマいいのに、ユーモアもあるよな」

「センセイは、なんか好きな用語ってある?」

「麻雀の? あまり思いつかないけど、『下振れ』とか『ぶくぶく』って言葉は嫌いかな。前者は言い訳がましいし、後者は語感が汚い」

「確かにぶくぶくは『目一杯』でいいよな。俺が好きな言葉は『メンタンピン一発ツモ、赤ドラ。おっと失礼、裏裏。8000オールの4枚。ラストォ! つぎラス半ね! ビール頂戴!』」

「長ぇよ」

「ところで最近、ユーミン(松任谷由美)を聴いてると血行が良くなる気がするんだけど、歳のせいかな」

「それ、いまブッ込むべき話題か?」

「すまん。なんの話だっけ。あ、好きな麻雀用語か。単語ならアガリ癖、ゼンツ、暴牌、青天井、高レートあたりが好きかな」

「さすが雀鬼流。あ、俺も嫌いな言い方をもうひとつ思い出した。『僕が勝てるように(勝てないように)牌が積まれていましたね』みたいな言い方。あれ、嫌だな。麻雀なんてしょせんツキですから、って言われてるみたいで」

「その通りだよ!!」

タクシー貴が音を立ててジョッキを置いた。

「麻雀がツキを競う競技なら、ツキをもってくる方法を模索するのがプロだろ、って思うよな。ツイてるときは素人だって手なりで勝てるんだから。だいたい『デジタルとオカルト』ってくくりが気に入らんのじゃ! 『デジタル』は百歩譲っていいよ。でも『オカルト』ってなんだよ。オカルトは、オカルトじゃないんだよ!」

 

貴は骨の髄までオカルト派である。そのオカルト魂に火がついたようだった。日頃から「麻雀には流れしかない」と言って憚らない貴は、「流れ」という言葉を口にすることさえ躊躇う昨今の風潮が気に入らないらしい。

 

「でも最近は流れ派も減ってきてるんじゃない?」と私は尋ねた。

「そんなことねぇよ。みんな恥ずかしがって言わないだけ。いまもオカルト派が多数だと思うよ」

「たとえば?」

「そうだな。たとえばーー」

 

そこからわれわれは、Mリーガーの誰がデジタルで、誰が流れ派かという、古くて新しい、もしくは新しくて古い問題について語り合った。そのためにはまず、「デジタル」と「オカルト」の定義をする必要があった。私は年来の主張をかかげた。

 

「麻雀は突きつめると、『何を切るか』と『発声するか否か』の二つに行きつく。つまり打牌選択と、リーチや副露の判断だ。この判断に『期待値』と『牌効率』と『牌理』しか用いないのがデジタル。それ以外の要素を援用するのがオカルト」

「たとえば?」

「ピンフ、ドラ1を先制で張った。平面で見れば誰でもリーチ。だけどこのところ3連続ラスを引いていて、5対1の引き負けなんかを繰り返している。流れが悪すぎるから、ここはダマでいったんアガリを取ろう。こんな思考を援用するのがオカルトの代表例かな」

「自然な考え方じゃねーか」

「あとは『ツイてないから、普段なら鳴かない牌を鳴いてみよう』とか、逆に『ツイてないから、普段は鳴く牌も見送ろう』とか」

「それも自然な思考だろ」

「オカルトの自然はデジタルの不自然。ちなみに黒沢は今シーズン絶不調のときに、『ずっと流れが悪いのでダマにした』みたいなことをインタビューで言ってたね。そこから黒沢は少しずつ調子を上げてきた」

「連盟員は全員流れ派だから」

「お。言い切るか」

「当然だろ。小島武夫、荒正義、前原雄大、沢崎誠のDNAだぞ。あと、センセイの定義にしたがえば、女性雀士もみんなオカルト派だろうね」

「なぜ?」

「だって出産って、この世でもっとも摩訶不可思議で理不尽なメカニズムだと思わないか? そんなメカニズムを心身に組み込まれてる種族は、期待値以外のものを判断要素に加えるに決まってるだろ。冷静に考えたら、出産なんてリスクと不利と苦痛の固まりなんだから」

「それ、コンプラ的にオーケーな発言ですか」

「浅草の昼の酒場的にはオーケー」

「そういえばこのまえ製薬会社のCMでやってた。『人は一生のうち、5年ぶんくらい風邪をひいてます』って。それなら麻雀やってるあいだは、半荘で20分くらい降りてる気がするけど、どう思う?」

「それ、いまブッ込むべき話題か?」

「すまん」と私は謝った。「えっと、なんだっけ。オカルトとデジタルか。それじゃMリーガー全員をこの二つに分けてみっか」

「いいだろう。掛かってこい!」

貴は2リットルのピッチャーを特注し、万事戦端を整えた。

 

われわれはまず、間違いのないところから挙げていくことにした。

「たろうとコバゴーは、むかし村上と3人で『オカルトバスターズ』を結成してたから、デジタルで問題ないよな」と私は言った。

「うん。あと園田ね」

「太はどうする? 本人は『打ってる最中は風をひしひし感じますが、それによって打牌が変わることはありません』とか言ってて、惚れかけたけど」

「じゃあ、デジタルでいんじゃない?」

「あと純粋デジタルって誰がいる? 渋川か」

「そうだね。仲林は?」

「うーん。めっちゃ牌理には明るいんだろうけど、純粋デジタルかと言われると……」

「あれだけ読めるんだし、オカルトっぽいこと言ってるの聞いたことないから、デジタルでいんじゃね?」

「じゃあ、とりあえず消極的デジタル派ということで。明確なのは、このくらい?」

「そうね」

 

次にわれわれは明確なオカルト派(流れ派)について挙げていった。

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