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勝負師~episode2 光る石・三浦智博【文・荒正義】

麻雀は、強い者が勝つのだ

三浦智博は1987年生まれの35歳。出身は、愛知県の小牧市である。
三浦は学業を終えると、雀荘『ZOO』で働きながら、プロを目指した。
5年間で200万貯めて上京し、連盟のプロ試験を受けたのである。それが11年前だ。
もちろん、プロに受かっても給料が出るわけではない。長い間、鍛錬し名前を売って仕事が入るのを待つのだ。それは、昔も今も変わらない。
 
ただ、今はタイトル戦が増え、チャンスが転がっていることは確かだ。
私がプロデビューしたのは、近代麻雀で23歳の時だった。この時は、タイトル戦といえば『王位』戦しかなかった。これは私が24歳で獲ることができたが、確率的には200分の1であった。
 
三浦は東京に来ても、雀荘務めだ。生活の基盤は、しっかり確保することが大事なのだ。
プロの卵は、47年前からそうである。古くは藤原隆弘。藤崎、沢崎もそうである。瀬戸熊直樹もそう。後に続く滝沢和典、佐々木寿人も同じ道をたどる。
それから三浦は毎年昇級を重ね、現在はA2である。これは、すごい実績である。
 
「実績はありません!」

と三浦は言ったが、彼の言う実績とはタイトルのあるなしのことである。
しかし、2年前の近代麻雀の『最強戦』では、セカンドステージに進んでいた。ここに選ばれるだけでも大変なのに、勝ち進んだのだ。
これで彼の名は、一気に麻雀界に知られたのである。そして1年前は、『十段戦』の決勝に進んだ。その時の最終戦の持ち点はこうだ。
 
三浦智博+37,3
藤原隆弘+25,6
荒正義 +21,9
柴田吉和△9,7

 
残り半荘1回戦の着順勝負だ。三浦は現状1位なので、トップなら確定。
2着でも、トップと僅差なら優勝である。しかしこの年の軍配は、私に上がった。
私は東場の親番で連チャンし、大きく浮くことができたからである。私はトップ確定まで、親を手離す気はなかった。これが功を奏した。
 
三浦にとっては、勝利目前の敗北。
悔しい思いをしたはずだが、それが経験となり人間も麻雀も大きくするのだ。勝ったつもりが負ける。麻雀ではよくある出来事だった。
 
三浦は、今年はベスト16からのスタートだった。前年の決勝進出者は、シードがあるからである。
三浦の対戦は、すべて観戦したが見事だった。手順に問題はなく、形勢判断に明るさがあった。三浦の麻雀は、「受け」でもないし「攻め」でもない。状況に応じて微妙に打ち方を変える、バランス型である。私もそうだ。
一時、麻雀界ではデジタルとアナログ派の色分けが流行ったが、私はどうでもいいと思っていた。

麻雀は、強い者が勝つのだーー

私は、今でもそう思っている。

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