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ゲーム代、スイカで【アメジスト机】

のんびりした雀荘「グリーン」

「渋谷のWOOで1年アルバイトしてたんなら、麻雀屋のだいたいのことはわかるわね? 気楽に手伝ってくれたらいいから」
「はい、よろしくお願いします」
「うちのお客さんはお年を召した方が多いから、WOOみたいにてきぱきしなくていいからね。のんびり、機嫌よく遊ばせてあげてください」
「はい」
 この相模原市内の商店街で雀荘を切り盛りしているのはオーナーの小田切さんだ。たぶん60歳くらいで昭和っぽくて「いかにもママです」って感じ。近所の店なので、僕の母さんもママとは顔見知りだけど「あんなきついパーマ、今どきどこでかけてくれるのかしら」と言ってた。ママの髪型はロングソバージュというらしい。
「卓掃も、4卓しかないから急がなくていいのよ。ゆっくりきれいにしてくれてるほうが感じがいいから」
「はい。丁寧にやります」
「お昼は食べてきたの?」
「はい。まだ夏休みなんで、家でおばあちゃんとそうめん食べました」
「優しい子が入ってくれてよかったわ。近所だしね」
 2卓丸いけどお客さんは、ほんとうにおじいさんばっかり。
「夕方になったら会社帰りのサラリーマンとか、たまに学生さんも来るけど満卓にはなかなかならないのよ」
 僕の心が読めたみたいに、ママが言う。
「店は12時に開けるから、いつ来てくれてもいいわ。来た時間から夜8時までで時給1100円ゲーム代フルバックね。特別にこの日のこの時間は来てほしい、と思ったらその都度お願いするわ。急に1人欲しいときは電話するかもしれないけど、ダメなら断って。めったにないけどね」
「はい」
 良くも悪くもすごくゆるい。働く前に何回か客で来てみたけど、ママがひとりで回していて、でも全然せかせかしてなくて、のんびりした店だった。卓数が多いWOOのあっちでラスト、こっちでトラブル、ひっきりなしのバタバタに慣れてる僕ならきっと大丈夫だ。
「ママ、ラストー」
「はい、ありがとうございます。ご優勝は柏木さん。おめでとうございます。ゲーム代1800円いただきますね」
 この決まり文句は一応言うらしい。ゲーム代のもらい忘れを避けるためだろう。
「ねえ、ママ。もうお金がないよ」
 ハゲ頭のお客さんがママに言った。
「ああ平戸さん、もうなの?」
「お買い物行っていい?」
「いいわよ。圭太君、平戸さんの席で打ってください。皆さん、今日から働いてくれるアルバイトの五月圭太君です、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、半荘1回だけ本走してて」
 僕が打っていると、平戸さんと呼ばれたおじいさんは外に出て行った。そして南入する頃に、荷物を抱えて戻ってきた。タバコが2カートン、カップ麺がたくさん、飴の袋もたくさん。WOOでも行ったことがある、いかにも雀荘の買い物だ。
「はい、メモにあったのは全部OXで買えたよ」
「ありがと。領収証ちょうだい」
 ママがレジを開けて、お金を渡す。
「ありがとう。さあ、これでまた打てるよー」
「圭太君、次の半荘は平戸さんが戻りますからね」
「はい」
 答えながら僕は、今何が起こったのだろうと考えていた。

ゲーム代をスイカで

「平戸さんも店員なんですか?」
 本走を終わった僕は、ママに訊いてみた。
「違うわよ」
「でも、買い物行ってましたね」
「手持ちの現金がなくなると、買い物に行ってもらうのよ。重いもの持たせられないからだいたいタバコとかお菓子だけどね」
「どういうことですか?」
「息子さんが、あまり現金を持たせてくれないから」
 ママの話によると、平戸さんの息子さんは東京に住んでいて、週1回は様子を見に来るという。その時、限度額の2万円チャージしたスイカ2枚と現金1万円を平戸さんに渡す。日常の買い物のほとんどはスイカでできるし、管理が楽だからだ。

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