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麻雀界3大モンスターを倒したよ! ~麻雀は筋書きの無いドラマだけど、勝者が描いた筋書きはそれっぽく見える~ 【文・友添敏之】

あの近藤誠一と、多井隆晴と、堀慎吾を相手に、ダークホースとして、ヒールとして僕は闘った。そして“最強戦2022男子プロ魂の一打”の決勝戦という超大舞台で、大金星を挙げたよ!その決勝について記すよ!

敗者は去る

PM19:21
勝又さん、松ヶ瀬さんをくだして決勝進出を決めた僕は急いでいた。インタビューを終え、数分後に決勝が始まるまでにお習字をしなきゃいけなかったから。
誰が勝ちあがってくるかわからんので(そもそも自分が勝ち上れるかもわからんので)、決勝の組み合わせが決定してからしか書けないんすね。こんなにスケジュールがタイトだと思ってなかったから、慌てて控室戻ってすぐに墨汁と筆を手に取った。
そうしてから気付いた。

三浦さんがいないのだ。
何にも考えてなかったけど、出演者がいきなりいなくなってるって不思議な感じだった。
敗者は去る。

三浦さん、良い男だったのでちょっと話したかったけど、もう会えない。

張さんから学んだこと

PM19:29
お習字を書き終えて、張さんがいないことに気付く。

gazou_張敏賢

「友添くん最強戦出ることになったんだってね、すごいじゃん!仕事の段取りつきそうだし、決勝前くらいにスタジオ行くわ!」と言ってくれてた張さんの姿がどこにもない。

(友)まあ、張さんのことだしのんびり向かってるんやろな。会えないの残念やけど、まあどっかで観てくれてたらそれでいーや。

これ読んでくれてる人はだいたい知ってくれてるだろうけど、Mリーグ公式審判かつMリーグ創設の立役者である張さんのことだ。実は結構長いこと仲良くさせてもらっている。
既に最高位も最強位も獲っていた張さんとの出会いは、僕が2013年にプロテストを受けた時だった。試験責任者と受験生という立場だった。
合格した僕はすぐにリーグ戦で優勝して、それにより参加資格を得た翌年の新人王戦も優勝してめっちゃ調子に乗っていた。そしてその年に麻雀の世界大会WRCinパリにも当然参加した。
最高位戦選手からそこにエントリーしていたのが、張さんと柿木君(万年Cリーガー兼医師のナイスガイ)と僕だった。

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その頃はほぼ面識がなかったので、成田から合流することになっていた張さんとシャルルドゴール空港までの12時間ほどを2人っきりで過ごすのにとても緊張していた。しかし、翌日現地合流した柿木君も含めての1週間の旅は物凄く楽しかった。麻雀は勿論超真剣に闘ったが、毎日それ終わりの夕方からの時間が楽しみで仕方なかった。最高やった。

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そして、その旅(世界大会じゃなくなってる)を終えてから今も、しょっちゅう会って飲んだり麻雀する仲になった。麻雀だけじゃなく仕事や趣味や色んな話をするんやけど、張さんには勝負論とゆーか、闘うための考え方や勝者のメンタリティについてすごく教わった。
それまでの僕はどっちかっつーとデジタル小僧で。
「期待値の高い選択を繰り返していけばそれが勝利への最短距離になるし、それ以外に必要なことなんてない。麻雀は対人要素の低いゲームだ。」と思っていた。公言していた。
勿論、そーゆー側面も多分にある。だけど、“ある一定の特殊な環境”においてはその理屈だけでは通用しないことを気付かせてもらった。そして、大きな舞台で勝つための呼吸のような心構えのような、麻雀に限らず全ての勝負に通ずる“大局観”を教えてもらった気がする(そんな大層なこと教えてないよ笑と張さんは言うだろーけど)。
プロ入りしてからの僕はリーグ戦はストレート昇級して、その他もあらゆる対局で勝ちまくった。ビッグマウスなのも相まって放送対局にも色々呼んでもらった。そしてそこでもめっちゃ勝ってた。だからその頃の僕は張さんの言葉は耳では聞いていたけど、腹落ちはしていなかった。そーゆー考えもあるよねってくらいで思っていた。
しかし、2017年夏の麻雀駅伝で最後の最後に少牌してアサピンさん(今は最高位戦の朝倉プロ)に競り負けた。そして麻雀駅伝以降、それまでの連戦連勝が嘘のように僕は勝てなくなった。リーグ戦を2連続降級し、タイトル戦も芳しい結果は残せなかった。天狗の鼻はいとも簡単にポッキリと折れた。砂上の城。薄氷の上をラッキーで歩き続けられていただけだった。元々、自己評価ほどの実力が伴ってなかったのに、偶然が重なって良い結果が出ていただけだったとその時に痛感した。
こんなんじゃダメだと気付き、公式戦以外の対局や配信への出演を全て断り、研究会をVS研一本に絞り、とにかく麻雀が勝てるように地力を上げることにのみ集中した。麻雀は複雑なものなのでその結果が出たと考えるのは早計だが、そこから3年ほど経って勝てるようになってきた。

「麻雀駅伝の禊がすんだんです」

冗談のように言ったりしてるけど、ちょっと本気でそれは思ってる。

タイミングは偶然かもしれないけど、自力は無いのに調子に乗っていたところから、麻雀駅伝の敗北というキッカケで暗黒期を迎えた。そこで初めて謙虚になったことで、麻雀の技術的なところと勝負の精神的なところを改めて見直すことで成長できるようになったのかなと思う。
人はそんなに一気には成長しない。ただ、麻雀駅伝から3年経って勝てるようになってきて。4年経って風林火山オーディションで良いところまで行ってまた負けた。ただ、この決勝では焦りや恐れを自分の中に感じなかった。技術的にも精神的にも成長を感じられる負けだった。松ヶ瀬さんにも「いつかやり返してやるぜ待ってろよ!」と思える負けだった。
そして5年経ってこの日がやってきた。プロ入りから勝ちまくっていた時とは違う種類の自信が今の自分にはある。その自信を拠り所に、この日、泰然自若でいられる友添になっていた。
張さんありがとう!

入場でモタモタ

PM19:35
「友添さーん、スタジオにお願いしまーす」呼ばれた。まだ乾ききってない半紙をまたブラ
ブラさせて入場に備えた。

(友)多井さん、堀さんと打つ心構えっつーか、心の準備があんまできんかった。次回以降
は全員分のお習字を先に済ませて持ち込む形にしよっと。

こうして、半紙がヘバリついてなかなか引き剝がせないという事件が発生した。
入場シーンは時間が限られているので、呼び込みが終わるまでにレッドカーペットを歩い
てカメラに向かってポーズしなきゃいけないんやけど、近藤さんと多井さんの半紙がくっついていたのである。墨が乾いていなかったせいで。

スクリーンショット 2022-08-03 034405

モタモタモタとしながらやっと出したので、視聴者の方にきちんと文章を読んでもらえたかどうかだけが気がかりだった。

 
「近藤さんより速くアガり」
「多井さんに配牌降りさせず」
「堀さんも腰抜かすほど押す!ほんで勝つ♡」


これが決勝戦の3枚の半紙。
こうして始まった東 1 局北家。僕の手牌はバラバラだった。国士無双の2シャンテンになって、
あれ?これもしかしたらいけるかも、と思った9巡目に親の多井さんからリーチが来た。
降りです。流局。
東1局1本場。ドラの北が重なって勝負手になりかけたところでまたもや多井さんからリーチ。ちょっと周り気味に打って1シャンテンキープしてたところに堀さんからもリーチ。その宣言牌の北をポンして僕も聴牌!

(友)おっしゃ。こんなんどこまでもいったろ。6p9p以外は全部切ります。河も見ずにずー――っと押すよ。

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