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おれはたぶん、性格が、悪い【文・長村大】

「ロン」の声とともに手牌が開かれる。

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 アガったのも放銃したのもおれではない、そしておれは誰にも気付かれないように、視線だけを放銃者に向けて表情を窺う。最初から──そうしようと思っていたのだ。

 おれはたぶん、性格が、悪い。

 3回戦を終え、おれにとってはだいぶ有利な状況となっていた。残り1戦、相手の若者──おれと比して、という意味ではあるけれど──に3万点以上差をつけられてのトップラスにならなければ大丈夫だ。
 リーグ戦最終節の最終半荘、しかし残念ながら優勝とか昇級争いの話ではない。勝ったほうが残留、負ければ降級である。
 若者の名前は厚谷昇汰。
 有名選手、とは言えないかもしれないが、かつて近代麻雀の最大イベントである最強戦にも出場したことがあるので、名前を知っている方もいるかもしれない。
 出親の厚谷が1万点ほどのリードを作って迎えた東3局、親からリーチが入る。
 そこに厚谷が、意を決した表情で追いかけリーチの宣言をした。勝負処、である。
 まだまだおれの有利に変わりはないが、ここで厚谷に大きなアガリが出れば一気にわからなくなる。
 だがおれがここで考えていたのは──点数や状況ではなかった。いや、麻雀のことですら、ない。
 今期いちばんの大切な場面、厚谷の手はわからないが、親にぶつけてきている以上、開かれればそれなりのものが出てくる可能性が高い。だが逆に、親にそれなりのものを打ち上げれば、そこが今期の彼の「終わり」になるだろう。
 そしてそうなったとき──彼がどんな顔をするのか、全身全霊をかけた戦いに敗れた人間から自然と漏れ出すであろう「なにか」を確かめたい──そんなことを、おれは考えていたのだ。
 性格が、悪い。

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