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今日はレディース割引デー【アメジスト机】

1 水曜日は女性ゲーム代半額にしたけれど

 

「ねえ、女性割引ってあまりうまくいってないんじゃないの?」

 オーナーの最上ママがスルメをかじりながら言う。店長の下田さんがうなだると、ママは缶ビールの栓を開けて「まあ飲みなさい」と店長に押し付けた。

 雀荘「アングル」のミーティングは閉店後に店の中で有志で行われる。オーナー夫婦が経営する最上商会は商店街の中にいくつか店舗を持っていて、ママはスナックもやってるから、ママの都合でゲリラ的に決まる。ママ自身が麻雀好きなので、何かあれば閉店の零時前にやってきて少し打ち、「残れる人は残ってミーティング」となる。店長以外のメンバーは自由参加、雰囲気はざっくばらんだけど、毎回しっかり議題がある。女子店員や電車通勤組は乾杯して1杯飲んで「お先に失礼します」と帰ってしまうけど、ママは「それでいい、この1杯が大事なのよ」と言う。

 そんなわけで今日もミーティングのメンツはママと30歳の下田店長と学生バイトのボクの3人だけだ。

「水曜日をレディースデーにして2か月?」

「はい」

「女性のお客さんは増えてるの?」

「まあ、少しは」

「男性のお客さんはどうなの?」

「……」

「あのね、そこ、余計な感情はいらないから事実だけを教えてもらっていいかな? アキラくん、代わりに言ってよ。業務記録を読んで」

「あ、はい」

 僕は店長から業務日誌を受け取って、最近の数字を淡々と読み上げる。ママはスルメをしがみながら無表情で聞いている。

 店長の発案で水曜日をレディースデーにしたのは約2か月前。開店の12時から夕方5時までにスタートするゲームで、女性客のゲーム代を半額にして退店時にキャッシュバックする。もともとうちの店に女性客はあまりいないんだけど、その数少ないおばさんたちが友達を連れて来てくれたら、という発想だった。

 でも実際に始めて見るとあてにしていたおばさんたちはほとんど来なくて、なぜか、新規のあまり打てない女性客が何人か来るようになった。正直言って、へたくそなおばさんが1人卓に入ると厄介だ。

 打つのは遅いし、余計なことは言うし、点数は言えないし、ゲームの進行に著しく障害となる。進行が遅くて、他人のアガリ点を数えてやらないといけないような麻雀が楽しいはずがない。へたなおばさんが4人そろうと1卓丸くして回せるんだけど、そんな都合よく行かない。そんなわけで水曜日のレディースデーは昼間に来てくれる男性客が減ってしまった。

 常連のナカさんははっきり言ってくれた。

「俺たち毎日のように来て遊んでるのにさ、水曜日だけ変なおばさんが入ってきて、さんざん世話させられて、それでおばさんたちのほうがゲーム代安いなんて、損した気分だよ。おれ、水曜日はあっちのWOOで打つわ」

 ナカさんはこの「アングル」が好きだし、ボクとも親しいからそう言ってくれるけど、他の人達はきっとサイレント・リフューザー。何も言わないで去って行ってしまうんだろう。

 ボクは数字を読み上げた後で、そのことを付け加えた。

「はっきり言ってボクは、現状では水曜日レディースデーはうまくいってないと思います」

「なるほどね、ありがとう」

 ママは新しい缶チューハイを開ける。

「でもね、私はこの店の運営を下田君に任せてるわけだから、やめるか続けるかは下田君が決めてね」

「はい」

「そもそもどうして導入したの? あなたが前にいたWOOでは女性割引なんかしてなかったでしょ? あっちのほうが大手で女性客も多いと思うけど」

「大手のWOOでやってないことをやってみたかったんです。で、他の個人店でやってるサービスをやってみようかなと思って」

「他の個人店?」

「はい、カメレオンです」

「ああ、あそこね。あそこは毎日女性のゲーム代が安いわね」

 さすが麻雀好きのママは、そこまで知っているのか。ボクは行ったことがない。

「で、カメレオンに行ってみて研究したの?」

「あ、いや、前に一度行ったことはありますけど」

「この割引導入のための研究はしてないのね?」

「はい」

「そう……」

 ママがスルメの空き袋をたたみ始め、ボクはミーティングの終了を察知する。

「さっきも言ったように、アングルの運営は下田君に任せてるし、女性割引導入前にもっと詰めなかったのは私の落ち度でもあるから、私の意見としてはもうしばらく続けていいと思うけど、どう?」

「はい、お願いします」

「じゃ、まあ、あと1か月はやりましょうか。次回ミーティングは来週の水曜日でいいかな?」

「はい」

「じゃ、私、スナックに戻るわ」

 立ち上がったママから、ボクは空き缶を受け取る。

「あ、ねえ、アキラくん、就職は?」

「まだ決まってないです」

「試験は受けてるの?」

「はい。大学の試験とか検定試験とかは全部いいんですけど、採用試験の面接が全部ダメで……」

ボクは正直に言った。

「検定試験、何持ってるんだっけ?」

「英検準1級、フランス語検定2級、TOEICは800点ちょいです。簿記検定2級は持ってますけど次で1級いけるかな、と」

「優秀ねえ。さすが早稲田。こんなにシフト入ってくれてるのに」

(友達がいないからです)

という言葉を、ボクは飲みこんだ。

(ボクがお酒を飲んでおしゃべりできる場所は、ここだけなんです。)

「じゃあ、気を付けて帰ってね! せっかくやり始めたサービスだから、もうちょっといろんな方向から考えてやっていきましょうね!」

 下田店長が「うっす」と小さく答えたけど、ママには聞こえていなかった。

 

 2.ノーレート「スパイス」の場合

  翌朝、ボクは学校に行く必要もなかったから「スパイス」というノーレート雀荘に行くことにした。昨夜家に帰ってから、近くの「女性割引」をやってる雀荘を探してみたら、ここがうまく行ってるように見えたからだ。

 今日は木曜日。ちょうど「スパイス」はレディースデーだ。

 駅から3分くらいのビルの中に「スパイス」はあった。10時オープンの店に11時に入ってみると、8卓あるうちの3卓が女性客で丸かった。あと1つは、高齢の男性が4人で打っている。

「いらっしゃいませ」

 年配の女性がにこやかに声をかけてきた。

「初めてなんですけど」

「じゃ、この新規登録用紙を書いてくださいね。必須なのはお名前と電話番号だけです。ハンドルネームでも大丈夫です」

 ボクはそれに加えて麻雀歴だけは書き込んだ。5年。

 普通にたんたんとルール説明を受け、最後に「ちなみに毎週木曜日はレディースデーです」と付け加えられた。

「えっ?」

「あ、失礼。男性のお客様にも一応言うんですよ。木曜日は女性は3時間打ち放題1000円なのでレディースが多いことをご承知くださいって意味で」

「3時間1000円ですか。ワンゲーム500円ならお得ですね」

「若い方はそう思うでしょ? それがそうでもなくて」

 ボクは、もう少し詳しく聞きたかったから、身を乗り出した。初対面の気楽なフリの客と思って本音を言ってくれるならこんなにうれしいことはない。ボクはそれを聞きに来たんだ。何が問題? どう乗り越えてる?

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