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今日という日に…(父を自宅で看取る覚悟をした理由)

唐突ですが、私は7人兄弟姉妹です。あっ妹は居ない(^_^;)
そして、私は上から5番目の四女。

姉や兄、弟は成績が良く、私だけが中の中か下(笑)
成績で評価する父母の目には、私は映らなかった。
父は容姿が自分に似た私を一番可愛がった。

それが、他の兄弟姉妹は気に入らなかった。私は『媚びを売る妹』として扱われた。
兄弟姉妹から無視もしくは虐げられている私を
母は庇ってもくれなかった。
もしかしたら、母にも『私に対する嫉妬』があったのではないかと、今にして思う。

なので、小さい時から、自分の存在価値がわからなかったし、落ち着く場所が無かった。
いつも、死んでしまいたかった。と言うか消えてしまいたかった。

今でも、その気持ちは根底にある。自殺したいとかではなく、明日朝、目が醒めなければ良いのに…と思って眠りに付く。
それが、普通になってしまった。

実家にいても、私はありのままで居られない。ってか、作り過ぎて、自分のありのままがどれなのか分からない😅
実家では、私はお調子者で何言われてもヘラヘラして、平気な顔して敢えて大きな態度でいる。耐えられなくなって泣いたら泣き虫と言われ演技の様に言われ…
まっ、とにかく、居心地が悪い。

根底にそんな関係性があるのだが…

父の介護は全て母が行っていた。
依存的な母を私は避けていた。
3月末に、母が父の介護困難となって、小規模多機能型居宅介護施設に入所した。母から面会できない、連れて帰るなら面会して良いと言われたと聞かされていた。
1度は親を捨てたと言う十字架を背負う覚悟をした。
なのに、私が父を自宅で看取ろうと何故思ったか。

面会禁止のはずが面会して良いと…そして父が私に会いたいと言っていると聞かされた。
それを聞いて会いに行かないと言う選択はなかった。会わなければ後悔すると思った。
そして、父はきっと私に救いを求めると分かっていた。
会ったら、きっと私は連れて帰らずには居られないと分かっていた。

そして、実際会ったら、状況は想像を絶していた。
入浴ましては口腔ケアさえ適当な様子が見て取れた。
そして、肝心の父は、娘の私に敬語で話し続け、どこまで理解できているのか分からない状況だった。

施設入所してからの数日間、私はずっと考えていた。
緩和ケア病棟で看護師としてガン末期の患者さんと家族の支援を何年かしてきた私が、実の親の支援をしない事。
看護師としてなのか娘としてなのか、自分でも分からないが罪悪感に苛まれていた。

私は勝手に使命感を感じてしまった。私しか父を救えないと…勝手に…感じたのだった。
そして、子供の頃に感じた、不昇華な子供心や居場所を見つけられなかった私が満たされるのかもしれない、取り戻せるのかもしれないと思った。
結果は分からないが、やらずに後悔するより、やってみたかった。
それが一番の理由。
だから、母の関係性うんぬんと言わず、父の看護・介護に集中する覚悟をしたのだ。

とはいえ、実家に泊まり込み、母とミッチリ過ごす事を考えて、眠れない日々が続いているのだが…

まずはやってみるしかない。
書き始めた時は、まだ父は実家に帰ってなかったのだが、書いてる途中(昨夜)帰ってきて。
一晩経ったのだが…
介護看護生活が始まった葛藤は、また次回。
私の日記にお付き合いいただきありがとうございました。

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