相対性理論
人生最悪のその夜は、不運にも私の26回目の誕生日だった。
私の不運は、いつもの行きつけのバーで、お気に入りのボトルを一本開けた頃に訪れた。
「イルミ、俺たち別れよ」
私は飲んでいたワインを思わず吹き出しそうになる。
今日は私の誕生日でもあるが、同時に交際三年目を迎えるおめでたい日でもあって、彼とは、同棲してもう二年立つし、てっきりプロポーズの一つはあると思い、定時と共に会社帰りに急いで美容院に走り、洋服も新調して気合い十分でここへ来た。
なのにまさかプロポーズのプの字どころか、破滅へのカウントダウンが10からいきなり1と人生ジェットコースターすぎて頭が追いつかない。
それどころか、人様の誕生日に彼女を振るなんてどんな神経してんだおみゃーは!!!と半分冷静に突っ込んでる自分が腹立つ。
とにかく私は唐突すぎる出来事に無い頭で色んなことを一気に一生懸命考えていた。
私たち上手くいってたよね?彼はまず空気が読めるし、誰よりも優しい男だ、まさかこんな日に振ったりする?.....嘘でしょう???
「え、なんのジョーク?」
考えあぐねて絞り出た一言がこれ。
「ジョークじゃないよ、イルミ」
彼の顔は今にも泣きそうだ。
彼との始まりは大学二年の時。
友人のサークル飲みに人数合わせに顔を出したら彼が居た。お互い彼氏彼女がいる上での人数合わせのお酒の席だった。彼と目が合った時、ビリビリと背中に電気が走ったような感覚があった。
そして一度だけ、一度だけ名前も連絡先も知らない彼とその夜過ごした。
そしてキャンパス自体違う彼とは、そのまま大学で会うこともなく卒業を迎えた。もう会う事もないだろうと思っていた矢先、再会は案外あっさり迎えた。
会社の飲み会で隣に座ったのが彼だったのだ。世間は狭いとは正にこの事出ある。そして初めてそこで私は彼の名前がキムジョンデだと知った。どうも初めまして、なんて挨拶して目があった瞬間なんてお互い凄い顔をしてたと思う。すぐに話は、あの頃に戻り、あの時は若かったし、最低だったね、ベクは相変わらずあんな感じ?とみんながどんちゃん騒ぎしている中、クスクスと秘密の話で笑いあった。あの時はもだったが、彼とは直感的に話が合う気がしていたが、やっぱり似たもの同士だった。私たちは話が尽きず、二次会には向かわずみんなの輪から外れ、そのまま彼の自宅へ。
そして私たちは、その日の夜、あの日のようにまた一線を超えた。それがスタートとなった。
何も問わず、何も喋らず、ただ目の前にあるボトルを開けていく私に
「飲みすぎ」
とグラスを奪おうとする彼の手を払う
バツの悪そうな心配そうな顔をする彼に苛立ちが募る
そんな顔するなら、飲みすぎって心配するなら、なんで、なんで別れようなんていうの。
「優しさは時には猛毒だよ、ジョンデ」
彼の優しさを象徴する眉毛がぐっと下がり、視線が下がる。
「俺、そろそろ行くよ」
ジョンデは、コートを羽織ると私の返事も聞かずに財布から二枚札を取り出すとカウンターに置いて、私の頭をぽんと触る。
彼の顔をまじまじとみる。どんどん彼の顔が輪郭がボヤけてくる。
そんな私の顔を見て、困ったように、泣きそうに笑う。そして優しい手が私の頬にさらりと触れる、けれど今日はすぐにその温かい手は離れて行った。
向日葵がパッと咲いたような人懐っこい笑顔。鈴が鳴るような笑い声。
私が彼の好きだったところ。
「大好き、けど大嫌い」
これでもかと眉毛にぎゅっとシワを寄せた彼に無理やりニッコリ笑うと、もうジョンデの方は見ない。
「俺「マスター、お会計」
勢いよく立ち上がり私の正面に立った彼の言葉を遮ると、グラスに残ったお酒をぐいっと飲み干し、私も席を立つ。
「後はよろしくね、ジョンデ」
更に眉毛をはの字にさげたジョンデの頬に手を添わせ、軽くキスすると私はバーを後にした。
ヒールの踵の音の分だけ私の心にヒビが入っていく気がした。
泣きながら歩くなんてみっともないけど、三十路を控えた女は、感情のブレーキが中々効かない。
かっこつけて、ジョンデの前なんかで泣かないとか思ってたけど、私だって普通の女の子だし、三年も付き合えば結婚とかもちょっとくらい気にしたりする普通に夢見る女子だし。
泣き止め、泣き止めと自分に念じながら歩いているとスマホが鳴る。
「もしもし」
「..泣いてんの?」
「ちがうし」
「あっは、わかりやす。今どこ。」
「ジョンデの回しもんだろ」
「あちゃ〜バレたか〜でも俺はお前の親友でもあるからよ」
やっぱりジョンデは抜かりない。
「ばか」
「イルミ」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
「ははっありがとう」
チャニョルはいつもタイミング良く連絡してくれる。いつも私が何かあった時すぐに察して助けてくれるどこまでも良いやつな同期。そしてジョンデの親友でもある。
「迎えに行くから場所言って」
「もう26のおばさんですし心配ありませんよ」
「このバカ!夜道は危ないってあんだけ口酸っく言ってるじゃん!」
過保護な同期のチャニョルくんに適当に相槌うちながら、ヨロヨロと当ても無く歩いていると、すっかり深夜になってしまい周りはどこも閉まっていて入れる店も見当たらない。
「誕生日なのにどいつもこいつもムカつく〜ほんとにどいつもこいつもお〜誕生日に普通振る?記念日に振る??ありえないんですけど!!ジョンデの馬鹿野郎ーー!!!」
静かな街に響く私の馬鹿でかい声
酔っ払いで三十路控えた女は、声の限度も恥も知りません。
_まぁまぁ、イルミちゃんあんまり怒るとお肌に響く年頃よ〜?それにジョンデはお前もよく分かってんだろ、どこまでも良いやつだよイルミ_
いつもなら鼻で笑えるチャニョルの冗談も今日は苛々にしか繋がらない
「わかってるよ、そんなの!でもじゃあなんで振られなきゃなんないのよ!全然意味わかんない!...でも何も言えなかった。あんな悲しそうな顔みたら何も言えなかったの。」
ジョンデの顔が浮かぶ。
何であんな顔して振るのよ。
泣きたいのは私だっつうの。
はあ、むかつくもんはムカつく!!
ムシャクシャして
側にあった石ころを思いっきり蹴飛ばした。
あ、パンプスも飛んでった。
「いてっ!」
「え?!」
_イルミ??もしもしイルミ?!_
電話元で騒ぐ大型犬なんか構ってられず、視界の悪い辺りを思わず見渡すと、ちょっと先にうっすらと灯りがある店先に人影がしゃがんでいるのが見えた。
あ、まずい。
絶対私のせいだよね。どうしよう。
パンプスより私の命よね??片足靴が無かろうが、ここは逃げた方が賢いよね、、?!
すると人影が立ち上がり、何かを手に取るとこちらを、、、見て、こっちに向かってきた。
こっちに向かってきた???
慌てて逃げようとするが、酔っ払いは足元が鈍くさいらしい
意図も簡単に尻餅をついてしまった。痛さと恥ずかしさと恐怖で頭が軽くパニックになってると誰かがしゃがむ気配がした。
フワッとムスクの匂いが風と共に通り過ぎた。あいつと真逆の大人な匂いだった。
「大丈夫、ですか?」
絶対笑ってるよね、なんか笑い堪えてるよね。
恥ずかしさで何も答えられないでいると、
_これ君のだよね_と言いながら私がぶっ飛ばしたパンプスをわざわざ私の足にスッとはめてくれる。
視界にまあるい頭がうつる。
フワフワそう〜なんて思わず手が伸びて触ってから後悔
「わっ!」
「わっ!」
それはこっちの台詞だよとでも言いたそうなビックリ顔の男の人?いや男の子?がバッと見上げる
馬鹿野郎!靴ぶつけて履かせてもらっといてなにやってんだ私!!!
「す、すみません。ふわふわしてるなと思ったらつい手が伸びてしまい、、」
いや頭おかしい事言ってる!どうしよう!だけど頭が回らない!
「あはっあっはは!」
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