番外 童話短編-あしたのソラ

今からずっと昔、背中に翼がある『ソラ』という人がいました。ソラは雲の上に住んでいて、雲を泳ぐ魚や雲の木になっている果物を食べたりしていました。
ソラは1日に1度、自分の翼から羽を1枚取って雲の隙間から地上へ落とす遊びをしていました。

ソラの羽は、拾った人の願いをあした叶える。という不思議な羽です。地上の村人たちはいつくるんだろう?何をお願いしよう?と毎日いろんな場所で話していました。

ある日、ソラが羽を落とそうと雲のすきまから地上を見ていると、突然雲から魚が飛び出してきました。
それにびっくりしたソラは足を滑らせて雲のすきまから地上へ真っ逆さま。翼を広げることもできずに地面にぶつかって気を失ってしまいました。
ソラが落ちたのは畑、あたりには誰もいません。

しばらくして、村のおじいさんが通りかかりました。まだ気を失って動かないソラを見たおじいさんは言いました。
「なんだぁこいつは?背中に羽が生えておるじゃないか。」
おじいさんはじぃっ…とソラの羽を不思議そうに見つめると、何かを思い出しました。
「こいつの羽はなんでも願いが叶うっちゅうやつじゃないか?こりゃあいい、わしが全部もっていってしまおう。」

おじいさんはカマを取り出すと、ソラの翼を全部むしり取ってしまいました。
「これでワシは死ぬまで幸せじゃあ!」
おじいさんは大笑いしながら翼を持って帰って行きました。

しばらくして、今度はリヤカーを引いた村娘が通りかかりました。
村娘はソラを見るなり駆け寄りました。
「まあひどい怪我!急いで連れて帰らないと!」
村娘は返事のないソラをどうにかリヤカーに乗せて村のお家へと急いで帰りました。

村のはずれの大きな畑道を行くと村娘の小さなお家が見えてきました。
お家に着くと村娘はソラをベッドに運んで寝かせて、看病をはじめました。

夜には村娘のお父さんがお家に帰ってきて、村娘にソラのことを尋ねます。
「その子は誰だい、名前は何と言うんだ、もしかしてもう死んでるのかい?」
「滅多なことを言わないでお父さん、この人は死んでなんかいません。だけど、名前も住んでいるところも何もかもわからないんです。ひどい怪我なので起きるまではここで看病します。」
村娘はお父さんに事情を説明すると、ソラが起きるまで3日間いっしょうけんめい看病し続けました。

村娘のおかげでソラはついに目を覚ましました。起きたソラは村娘を見るなり言いました。
「君は誰?この場所はどこ?」
「私はミサキ、ここは私のお家よ。あなたが大怪我をしていたから連れてきたの。あなたのお名前、聞いてもいい?」
「僕の名前はソラ。雲の上で暮らしてるんだけど、落っこちちゃったみたいだ。ミサキ、助けてくれてありがとう。お礼をしなくちゃね」
ソラがミサキにそう言うと、ミサキは目を丸くして言いました。
「ソラ、あなたは雲の上から来たのね。その怪我は誰かに翼を切られたんだわ。まだ痛いだろうからしばらく休んで傷を治しなさい」
「ありがとうミサキ」
ソラはミサキに言われた通り寝ることにしました。

ソラは1週間ミサキのお家で休みました。大怪我はすっかり良くなりましたが、翼は生えてきませんでした。
ソラがやっとベッドから出るとお家の外から大きな叫び声が聞こえてきました。
「だれか、だれか助けてくれ!!」
声を聞いたソラは、その声がする方向へとすぐに走りました。

叫んでいたのはミサキのお父さんでした。ソラはお父さんに尋ねます。
「おじさん、どうしたんですか?」
「おお、ソラか。村のへんくつじいさんが大変なんだ、一緒に来てくれ。」
「わかりました。」
ソラはおじさんと一緒にへんくつじいさんのお家へ行ってみると、へんくつじいさんが死んでいるのを見つけました。

「こりゃあ残念だがもう助からないだろう。ソラ、運ぶからそっちの足を持ってくれ」
「はい。せーので持ち上げましょう。せーのっ」
ソラとおじさんがへんくつじいさんを持ち上げると、その下から沢山の羽が出てきました。
「これは…何だろう?ねどこにするにはかっこうが悪いよなあ」
不思議がるおじさん。ソラは落ちている羽と翼を見て思い出したように言いました。
「これは、僕の翼です!僕が落ちてきたときにこの人が全部むしり取って行ったんだ。
それで、一度にたくさん願い事をして…欲しかった“あした”が1度に全部きちゃったんです」
「だから、寿命が終わってしまったのか。ソラが気にすることはない、見つかった翼も一緒に持って帰ろう」

おじさんはそう言うと翼をソラに渡して、へんくつじいさんを庭に埋葬しました。
ソラとおじさんはお家に戻ると、ソラの翼をどうするか話し合いを始めます。
「おじさん、この翼はまだ根っこがなんともないみたいです。背中の傷跡に合わせてみたらくっつくと思います」
「わかった。やってみよう」
おじさんはソラの言う通りに翼を背中の傷跡に当ててみました。
すると、背中と翼の根っこがどんどんまじりあっていき、見事にくっつきました。
「本当にくっついた!良かったな、ソラ。けれど羽がほとんど抜けてしまっているね、このままじゃ飛ぶのは難しいだろう」

すきっ歯の翼を心配そうに見るおじさんにソラは答えます。
「おじさん、僕も翼も生きています。生きていればきっと翼いっぱいに羽がはえてきますよ。それまではここで暮らしてもいいですか?」
「そうだな、少し前まで重傷だったんだ。遠慮することはない、完全に良くなるまで好きなだけ居なさい」
おじさんはソラの輝く目を見て言いました。それは、ぴかぴかに光る勇気と希望の瞳でした。
「ありがとうございます。おじさん」
ソラはていねいにおじぎをして、にっこり笑いました。おじさんもつられて笑顔になります。

「今日は辛いこともあったが嬉しいこともあった。あしたからはその翼に希望の羽が生えてくるだろう。楽しみだな、ソラ」
「はい!あしたからもよろしくお願いします。おじさん」
こうして、ソラは自分の翼を元通りにするためにまだしばらく地上で過ごすことになりました。

ソラにとって地上は何もかもが新鮮で、毎日村を走り回ってその日楽しかったことをミサキやおじさんに話していました。
ミサキは嬉しそうに、おじさんは楽しそうにソラの話を聞いて、一緒にご飯を食べて、ソラの翼が早く元通りになるようにお願いをしました。

ソラの羽が翼の半分くらいまで生えそろった頃、おじさんから畑仕事を頼まれました。
ソラは「おじさんの為なら!」と元気よく返事をして、その日からは畑でおじさんの手伝いを始めました。
毎日お昼にはミサキがお弁当を持ってきてくれるので、畑のそばの道でお弁当を広げて食べたりしました。

春はとれたての野菜をみんなで食べ、夏は村祭りを楽しみ、秋は山に登って綺麗な景色を見て、冬は暖炉を囲んで夜通し語り合いました。
ソラはいつも居てくれるミサキを、ミサキは元気いっぱいのソラを、だんだん好きになっていきました。

ある日、いつものようにソラが畑仕事を手伝っていた時、おじさんが急いでソラのところへ走ってきました。
「おじさん、どうしたんですか?今日は僕1人でタネを植える予定でしたよね」
ソラはおじさんに聞きます。
おじさんはやっとのことで息を整えて、話出しました。
「ソラ、落ち着いて聞いてほしい。ミサキが突然倒れて、村病院に運ばれた」

「おじさん、本当ですか!?ミサキの具合はどうなんです?」
「今はベッドで寝ている。詳しくはよく分からないが、具合はあまり良くないらしい」
「なんですって…ミサキに会いに行かなきゃ!おじさん、ついてきてください!」
ソラは話を聞くと、持っていたスコップを畑に投げておじさんの手を掴んで村病院へと走り出しました。

村病院についた2人は静かにミサキの居る病室に入りました。
「お父さん、ソラ…」
ミサキは布団から顔を出して、弱々しく言いました。

「ミサキ、具合はどうなんだい?」
辛そうにしているミサキに、ソラは優しくたずねました。
「ソラ、ごめん。流行り病だって先生が…」
ミサキの返事にソラは何も言えませんでした。しかし、ソラは少し考えてからミサキに話します。
「ミサキ、僕の羽をあげるから病気を治すんだ。あしたには必ず良くなっているよ」

ソラは自分の翼から羽を一枚取ってミサキにあげました。
ミサキはソラから羽を受け取ると、両手でぎゅうっと握りしめてお願いをしました。
「これでいいかな?ソラ、お父さん、おやすみなさい」
ミサキは二人に挨拶して眠り、その日はソラもおじさんもミサキのそばで過ごしました。

ソラの羽はミサキの病気には効果がありませんでした。

次の朝、ミサキはソラに病気のことを話しました。
「ソラ、私の病気は治らなかった。きちんと言うと私の命は昨日までだったの。それをソラの羽で1日だけのばしてもらった、あしたもソラと一緒にいられますようにって」
「ミサキ…だったら今日も羽をあげるよ」
ソラは泣きそうな顔で自分の羽を取ろうと手を伸ばしました。
ミサキはソラの手をつかんでそれを止めます。
「待って、その羽をもらっても私にあしたは来ないの。だから、羽じゃなくてソラに私のお願いを聞いてほしい」
「わかった。お願いを聞くよ、ミサキ」
少し冷たいミサキの手を取って、ソラはお願いを聞くことにしました。

「あしたソラの翼は元通りになるよね?私の命は今日まで。だからあしたになったらソラと一緒にお空に行きたい。ソラが暮らしてた雲の上で一緒に過ごしたい」
ソラはミサキの目を見てお願いを聞き、うなずきました。
「わかった、必ず叶えてあげるよ。約束」
ソラはミサキとおじさんと三人で最後の1日を楽しく過ごしました。最後の夕日を見送って、最後の月を見て、あしたになるまで。

あした

「おじさん、今までお世話になりました」
あの日ミサキがソラを見つけた畑で、ソラはおじさんにお礼を言いました。
「ありがとうソラ。ミサキをよろしくな」
おじさんは最後まで優しい笑顔で、ソラに返事をしました。
ソラはミサキを抱きかかえると、すっかり元通りになった翼を広げてお空を目指して羽ばたきました。

雲の上に着くと、ミサキが目を覚ましました。
「ここが雲の上…まるで天国みたいに綺麗だわ。ソラ、お願いを叶えてくれてありがとう」
「どういたしまして、ミサキ。今度は僕のお願いも聞いてほしいんだけどいいかな?」
ソラはミサキの温かい手を握って聞きました。
「うん、いいよソラ」
「あしたも僕と一緒にいてほしい。あしたのそのまたあしたも、ずっと」
「うん!約束」
ミサキは笑顔でソラの手を握り返して返事をしました。


それから二人は雲の上でいつまでも幸せなあしたを過ごしました。


        あしたのソラ おしまい

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