ユメグラ二次創作短編 町無こがれ ノ巻#2

「よし、全員出席…と。連絡事項は特にない、1限は現国だから準備しとけよ〜」
先生はそう言いながら出席簿とプリントをまとめて机にトントンした。
先生が教室を出るとすぐに教室がざわざわし始める。

(そうだ、次のイベント会話は…)
俺は自然に話が進むようにこがれの横顔に話しかける。
「あ…の…、こ…こがれ…ちゃん?」
うわずってしまった。テキストウィンドウがあればそのまま見せてあげればいいんだが、現実世界にそんなものはない。
「何?ヒカル君」
すぐに俺の方を向いて返事をしてくれた。さっきは気付かなかったが、いきなり名前呼びはドキドキ度が高い。優衣達は初対面の時、苗字呼びなのに…。

ここでは「転校してきたばかりで教科書とか無くてさ…見せて欲しいんだけど」と続くのだが、思わぬ反応に完全にフリーズしてしまった。
不思議そうに俺を見るこがれ。ようやく声を絞り出そうと俺は息を吸い込んだ。
「初めまして橘君!私、藤宮優衣。こがちゃんの友達なの、よろしくね!」
不意に後ろから声をかけられ、さらに吸い込んでむせてしまった。
(イベントが進行してる…!)

本来は俺が隣の子に声をかけて、優衣が俺の教科書を持って登場するシーンなのだが…時間がかかってしまい自動で進んでいるらしい。
「ふ、藤宮さん初めまして!橘ヒカルです。よろしく…」
自己紹介は何とか捻り出して会話を進める。
ふと優衣の手元を見ると何も持ってなかった。
「橘君ごめんね、今日来るからって教科書準備してたんだけどまだ届いてないらしくて…。
今日は一日こがちゃんに見せてもらって?こがちゃんも良いよね?」
「うん、わかった。いいよ〜」
女子2人はお互い手でマルを作って意志を確認し合った。
今日の授業はこがれちゃんと一蓮托生というわけ…なんだな。
「橘君、私のことは優衣でいいよ。生徒会に入ってるから学校のことは私に聞いて。こがちゃんでもいいけど」
これまた2人で「ね〜」とハモって笑顔をくれる。テキストと立ち絵だけではここまでの魅力を出すのは難しいだろう。
「優衣ちゃんありがとう。これから頼らせてもらうね」とゲーム通りのテキストを返すと、優衣は可愛くピースしてくれた。
何度も見た半袖の制服姿。座っているから見上げる視線にはなるが、目の当たりにすると小柄さがよく分かる。元気で可愛いピースのポーズもゲームの立ち絵そのままで感動してしまった。
「何?気になっちゃう?昨日から夏服なの。可愛いでしょう?」
優衣は見せつけるように一回転して、またね。と一言残して席へと帰った。

(もう1人のヒロインは…)
優衣の余韻に浸りつつも、もう片方のヒロインの様子を探る。
夜露は2つ離れた窓際で本を読んでいた。学校ではあまりスマホをいじれないためだろう、読書に時間を割いている。
だが立ち絵ではいつもスマホを持っていた。不思議なシチュエーションが発生するのもゲームの良いところ。夜露はそれを魅力に変えるパワーがあるんだ。
今日読んでいたのは『帳の月』?見た事ないタイトルだ。夜露がここで読んでいる本は3種類のうちから選ばれるはずだが…バリエーション増やしたんだろうか。
「ヒカル君どうしたの?月扇さんのことじーっと見て」
隣人の指摘に俺はハッとした。ゲームの中とはいえ時間は流れているし、変な行動を取ると怪しまれる。俺は夜露のことをよく知っているが、まだ知り合いですらないのだ。
他のクラスメイトに目もくれず夜露だけ見ている転校生が目の前にいたら不思議に思うのも無理はない。

「あぁ、いや…月扇さん…?が読んでる本の作者が目に入って…。俺はあの作者の本が好きでさ『荒野に咲く』とか『シルバー・プラン』とか好きなんだよね…知ってる?」
幸いなことに夜露の読んでいる本は全て同じ作者で『帳の月』も例外ではなかった。
やや強引ではあるがバレないように話を繋げ、こがれの返答を待つ。
「う〜ん、作家さんは有名だよね?タイトルも本屋さんで見かけたことはあるけど…分からないなあ」
困り顔で笑ってみせるこがれ。俺も中身を知らないので、そうだよね〜と謎の返事をした。

「た、橘君…この本知ってるの?」
耳元に落ち着いた声が響く。驚いて振り向くと夜露の顔が至近距離にきていた。
「月扇さん、いつの間に!?」
つい少し大きな声が出てしまった。夜露はビクともせずに話を続ける。
「初めまして、私の事は夜露でいいよ。それより橘君、この先生の本好きなの?私も好きで…特に『シルバー・プラン』のラストシーンが…」
夜露の話がなだれ込んでくる。とても笑顔で楽しそうに口が動く動く。
夜露と初めて話すのは明日、図書室で夜露が読んでいた本に手を掛けた時のはずなんだが…早い上に近い。
ゲームでも近い距離でグイグイ来られたが、今回は言葉通りの目前。また記念コンサートで夜露ファンのコールがパワーアップする事だろう。
「それでそれで『荒野に咲く』はラスト主人公のセリフがまた良くて…」
「「荒野にも薔薇は咲く。そして、トゲもある」だろ?」
俺は一節を代わりに読み上げた。夜露がよく話していたフレーズだ。
「それ〜〜〜〜〜!!橘君それだよ〜!」とテンション爆上げの夜露。勢い余って手を握り込まれた。や、柔らかい…。
「あ、ごめん!つい…っと、もうすぐ1限だ!橘君またね!」
夜露は嵐のように俺の心を突き抜けていった。
夜露のエンディングを何回も見たが、それでもなお夜露を好きになってしまうほどの可愛さだった。

「月扇さんがあんなに喋ってるの初めて見た…そんなに面白いんだねその作家さんの本。私も読んでみようかな…」
こがれは夜露の勢いに圧倒されていた。二周目を見越して俺も図書室で何冊か読んでおこう。
それから間も無くチャイムが鳴り、先生が入ってくる。
「お〜〜〜〜し!授業始めるぞー、席に着けー」
教卓をタンタンと鳴らして生徒に促す。
あっという間に静かになった教室で授業開始だ。
「橘!橘はいるか?…お、そこか。今日からよろしくな。担任の先生から教科書が無い事は聞いている。町無!すまないが橘に教科書を見せてやってくれ」
「はーい」
俺とこがれは同時に返事をして、机をくっつけた。なんか青春っぽさあるな〜…なんてふけっていると、こがれの教科書が俺の机に侵入してきた。いらっしゃい。
俺はノートの隅っこに「ありがとう」と書いてこがれに見えるようにズラした。

彼女は俺の拙い字を見て、俺の顔を見て、にこりと返してくれた。
「前回はプロローグからだったな。今日は次のページ、1章から始めていくぞ〜。書き出しの「真っ暗な闇。いや、夢と言い換えてもいいだろう。」から…藤宮!読んでくれ」
「はい」
優衣が立ち上がって読み始めた。

そう、優衣の一言から物語の第1章は始まる。

  #2完

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