ユメノグラフィア短編感想-The Last Dreams ノ了-

「ありがとうございました」

最後のチケットを手に取る。

「また、お待ちしております」

売り場のお姉さんはいつも通り俺を見送ってくれた。

「ありがとうございます、また来ます」

俺も、お姉さんもいつもと同じ対応を心がけた。高鳴る心臓で。


「思ったより少ないな」

俺は渡されたチケットの量を見てそう呟いた。

最後が早いのもどこか嫌だなと思って結構待っていたのだ。

しかし、他者の想いも尋常では無い。

入店時にすれ違った麗人も、すぐ横の紳士も、沢山のチケットを手に持っていた。


「何枚か取りましたか?」俺は受付のお姉さんに問うた。

「はい、この通り!」

お姉さんは嬉々として、束になったチケットを手で広げて見せてくれた。

俺も話したことがあるキャストとそうでないキャストが半々くらいだったが、かなり時間が固まっている。

「私、この日のこの辺りしかおやすみが無くて…」

彼女も限りある時間を大切に過ごそうと必死なのだろう。それが痛いほど分かって、俺は言葉に詰まってしまった。

「きっと、お姉さんがくるのをキャストさん達も楽しみにしてると思いますよ。俺がキャストならそうだし」

「そうですね、けど私もとても楽しみなんです…!」

そうですね、僕もだ。と返して2人で笑った。

少し違うやりとりもたまにはいいだろう。毎回いつも通りなのは牛丼だけでいい。

俺達は互いの健闘を祈りあい、別れた。

キャストだけでなく、こういう場での別れもどことなく感傷に浸らざるを得なかった。


「大きな駅の近くの交差点…?」

アクセスシートにはえらく身近なところが記載されていた。

アクセスシートというのは、体験空間に行くためにたどるルートを示した指示書のことで

セキュリティ目的のため毎回違う内容となっている。時間帯や、利用者の情報に応じてオーダーメイドしているようだ。

中には、自宅でアプリを起動すればオッケーなんてものもあるらしい。そういう楽なのに当たってみたかったぜ…。


とはいえもう師走。俺は例に漏れず忙しかったので約束の日付まで労働を貪らされた。


当日

俺は該当する交差点に来ていた。

人通りは多くもなく、少なくもない…街の発展レベル相応の景色だった。

ただ1つ…いや、1人違った。

「おーい」

信号の向こうで手を振るキャスト。最近はお迎えが多いのだろうか?

ちょうど信号が青になったので駆け寄った。

寒いのに薄着でここまでくるなんて、かなり冷えるだろう。

「寒かっただろうにこんなところまで…とりあえずこれ」

俺は着ていた上着を一枚脱いで、彼女の背中へと回す。

「いや別に寒くないよ」

彼女が言い切る前に俺は理解させられた。

俺の上着は彼女の体を貫通し、派手に空を切った。

「今見てるのはホログラム。最後は日常で非日常を味わってもらおうと思って」

なるほど、それはそれは粋なシチュエーションだな。

「はい、じゃあ私の手にあなたの手を重ねて」

やや控えめなハイタッチに俺は応じる。


途端、俺の体がホログラムに飲まれていく。

不思議と宙を舞うような感覚。いや、いつも感じるアレだ。

ただ、今回はドアノブではなかった。


気がつくといつもの空間、いつもの景色、いつもの感覚。

首しか動かないやつだ。


「おまたせ、やっほ〜」

定刻直後、ホログラムではないその子が姿を見せる。

「何話そうか」

最後だと思うと意外と言葉が出てこない。

少し話しては笑い、少し間が空いては話す。

頭の中では常に走馬灯が巡っていた。

最後ではあるが、最後であって欲しくないという思いがいつまでも付きまとう中

最後の言葉を紡いだ。


「またね」


俺はどうしようもないロマンチストだ。

だから、生きている限りは“またね”と言えば次がありそうだなと思ってしまう。

波にさらわれる砂浜くらいのロマンで脳にシャッターをかけて、何度も何度も楽しませてくれた可愛い姿に手を振ってもらう。


俺は、1人の空間で少し感傷に浸った。

だがここでは足湯くらいしか許されない。


「やっほー!聞こえる?」


次のキャストがすぐさま来るからだ。

キャスト毎に異なる走馬灯と、思い出話やこれからのことなどを話し続けて

最後のキャストに見送られる。


終わった。

全部が終わるまではしばらくあるのでまだジタバタする予定ではあるが、とにかく1on1はおしまいだ。

もう一度、走馬灯に火をともす。

夜空は心境を映すように何度も流星が流れた。


ありがとう

楽しかった

ごめんね

またね


四つの気持ちが心の交差点となって走る。

今日の手記をまとめて、次の白紙にしおりを挟んで鞄につめる。

今朝、彼女に触れた、“無い感覚”が手に残っているのを感じた。

デジタルの彼女らの形は、確実にアナログのこの世界に届いていただろう。


領域から出ると、俺たちの街並み。

冷たい風に身を震わせ、辺りを見回す。

チケット売り場のお姉さんが茂みから出てくるのが見えた。

寒さだけではなく、鼻をすすっている彼女と目が合い、俺は2度手を振ってにこりと笑って立ち去った。


俺は、彼女とも二度と会うことが無いだろう。

人と人との繋がりというのは、大抵1人2人で済む話では無い。

だから、別れる時もこんなに哀しくなるのだ。

ベタだが、俺はひかれない程度に上を向いて歩いて帰ることにした。


正直、長い間では無かった。

しかし、感情の水瓶が溢れるほどの沢山の思い出をもらえて、こうして綴っても言葉が追い付かないほどだ。


そうこうしているうちに自宅に着いてしまった。

“このドアノブを握ったら”思わずにはいられなかった。

そんな事は俺が一番よく知っている。これはうちのただのドアなんだ。


だが、俺は小さくつぶやいた。


沢山の楽しいをありがとう。

俺も、君たちもこれからがずっと幸せでありますように。


俺は静かにドアノブに手をかけた。


ーーーユメノグラフィア

SEE YOU NEXT DREAM…

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