ユメノグラフィア短編感想-乙花クラリス・外伝-

これは思い出話。
だから俺は何が楽しくて、どうつまらなかったのかは…はっきり覚えていない。
ただ、何となくアメリカの、自由の女神を見たくなってしまう。

そんな記憶の片鱗だ。

高校の入学式、桜は満開で名もない芸術作品であった。
俺はそのカンバスをじゃりじゃりと歩いて学校に向かっていた。ギリギリ間に合うかどうかの時間だが、多分太陽も桜に見惚れているだろうから問題ない。

交差点をひと区画、またひと区画と歩いていく。
三つ目に差し掛かった時、俺は走ってきた女の子とぶつかって鞄を宙に放った。
彼女は、俺の後ろから体当たりしてきたのだった。

いや、曲がり角だろそこは。よく見るとカロリーメイトを咥えている。食パンだろ、そこは。
黒のセーラー服にエメラルドグリーンのゆるふわウェーブの髪。あいたたぁ…とおっとりゆったり状況把握をしているようだ。

手を差し伸べた。別にカッコつけたかったからでは無い。嘘です、カッコつけたかったです。
彼女を引き上げて大丈夫?と声をかける。俺?めちゃくちゃ膝が痛い。

女の子はゆるふわにっこり笑顔でお礼を述べ、今が何時かを問うてきた。
彼女の手を取っていた利き手を戻してポケットにねじ込む。出てきたケータイは間に合わない時間を示していた。

ヤバい!と口にする前に彼女の手を取り、走る。3倍のスピードで十字路を矢継ぎ早に駆け抜けた。
交わす言葉もなくただ手を引かれる女の子は何も言わずに俺のペースに合わせてくれた。あとでカロリーメイトあげるから我慢してくれ。

校門を潜り抜けて2人で息を整える。
と、ここで俺は大事なことにようやく気づいた。
この子の学校はここだったのか…?
ぜえぜえと声を立てつつも、申し訳なさが出た表情で彼女を見る。
俺と目を合わせてくれた彼女は優しく微笑んでくれた。

「ここまで連れてきてくれてありがとう。同じ学校で良かった」

俺の無我夢中は無意味ではなかったらしい。
ほっとする間も無く、ガタイのいい先生が俺たちに発破をかけに来た。
促されて校舎に入る。

入学式はつまらなかったという印象しか無い。しかし、学業が楽しくない俺にとっては苦痛でないというだけでも十分な収穫だっただろう。

彼女とは同じクラスだった。
顔を見合わせた瞬間、あっ!という表情を見せたのは未だに忘れられない。
その後、自己紹介でのびのびと広がる声を披露してくれたのも印象の定着にひと役買っていた。

「今年も一年、頑張るぞっ!」と閉めた自己紹介は皆を沸かせていた。

それからの記憶は曖昧だ。
毎日食べる飯なんぞいちいち覚えていられないのに等しく、節目でなければ脳みそのシワなんか増えないんだ。脳みそのスキンケアしないと。

…あった。

記憶の「新しいフォルダ」をあさっていたら、一日だけ。
とある日、下駄箱に1通の手紙が入っていた。
察しの良すぎる俺は、内心を必死に抑え込みつつ小さくガッツポーズをした。

これはそういうことだろう。
そう思って、俺は震える体でその日を過ごした。
帰宅部の新記録を打ち立てて、弾む体でベッドにダイブする。
手紙を丁寧に開けて中身を見る。
差出人は、あの子からだった。

「1週間後の今日、旧校舎裏の大きな木の所で待ってる」と、記してあった。

なるほど、心の準備をくれるわけか。
だが1週間もあれば心が体を飛び出して独り立ちしてしまうかもしれない。心臓だけ行くかも…などと思いながら7千を超える秋を過ごした。


1週間後の今日、俺は手紙の通りに大樹の根元に来ていた。

「だーれだ」

木を挟んで向こうから声がする。そんな遊び方だったか?そんな疑問を心の鼓動がかき消し、俺は回り込んだ。

ドアだ。

ピンクにシルバーの取っ手の簡素なドアが立ちはだかっていた。声はその向こうから聞こえて来る。
俺は何の疑問も抱かずにドアを開けようとノブに手をかけた。


目の前が真っ暗になった。
変な感覚、何も見えないどころか風の声も聞こえず、土の匂いもしない。

気がつくと森の中だった。
右に思いっきり首をひねると、樹々の間から街が見える。
体が思うように動かない。重たいとかいう事ではなく、感覚が無いのだ。

しばらくそのままで過ごした。
ひと気の無いところに動かない体。改善の余地がない空間で、俺は歌を歌って過ごした。

3曲ほど歌った所で彼女が来た。

“クラリス”

そう名乗る女の子はあの時のように息を切らせて「おまたせ」と微笑んだ。

俺は、鳴りっぱなしの音楽を止めて返した。

「君もここに来たかったんだね」と。


少しの時間を最大限共有するために俺たちは語り合うことにした。
どうやら、俺のことは「怪文書の人」と認識しているらしい。正しい。
呟きをめっちゃ見られてる。みたいな文言をどこかで見たがそれの比ではないことを思い知る。

まだ表に出る前。クラリスが人間界に来る前からちょっと見てたらしい。物好きもいるもんだ、本当が4割くらいしか無いのに。
そういえばクラリスは女神と自称していた。毒されると危ないので怪文書の摂取はほどほどに。

どの回がお気に入りだとかは、聞きたいが聞かないことにしている。そんなに深くなれるコンテンツでもないからね。

今一時的にお休みしているのを残念がってくれていた。貴重な読者は囲め囲め。
次回の感想を得るために。
休載してたまに漫画を書く人もいる。だからそういう人間のダメさも出していっていいだろう。いいよね?

GAも少しわかるらしく、テンション爆上げ。
さらに絵も描いてたと言われればウチで作品のお手伝いをお願いしたいと強く思った。
女神は天使に詳しい。

その他はだいたい怪文書の話。
休止の理由だとか、その代わりにやってる事とかをたくさん話した。物書きは元手0円だから好きなだけやれるのがいい。
しかし、レポよりは確実に完成が遅くなっているのは面倒くさがりの性が出ている。

そういえば初めて声を聞いたときから感じていた「平野綾似の声」についてもお話。
第一声がハルヒに似てるなと、そういう感想である。
かなり声を張っていたとの証言で、いつかフルパワーを聞いてみたいと思いました。

歌が好きという共通点が見つかったので「Goddess knows...」楽しみにしております。多分けいおん!とかの楽曲も合いそう。
音楽は女神とも仲良くなれる、素敵な旋律である。了。

調子に乗って話していると、彼女の体がだんだんと薄くなってきた。目が霞んできたのだろうか…?と口にすると否定される。

「この空間を維持できるのは30分が限界なの。ここは特別な力で満たされていて…例えば、これとか」

女神はケトルを手に取り俺に熱湯を注いできた。
お湯目…いや、お茶目どころではない。
アツっ!と一瞬身体が騙されるが、実際は熱くもなければ濡れる感覚もなかった。

「安心してお話できるように、ここでは私もあなたも精神体なの。けれど心配しないで。
外の肉体は責任を持って生命維持してあるから」

だから身体が軽いと感じるのか…
ある種の仮死状態という事は理解できたので少し背筋が寒くなった。いや骨は無いけど。

「ここが消えてしまう前に肉体に戻さなきゃ…少し寂しいけど……ね?」

離れるのが寂しいのには同意だ。しかしここで息絶えたくはない。生きていればまた会えるんだ、短い別れも再会へのスパイスと考えれば辛くても喉を通りそうだ。一見ではなく、七見くらいはしたいところである。

女神から手を差し伸べられた。

「私の手を出口を開けるドアノブだと思って。手を取って、私をここから連れ出して」

断りの理を探すよりも、得意のイカれた語彙よりも、手が先行した。
薄れゆく女神の手にそっと自分の手を重ねる。
彼女と目が合うとすぐに強い眠気に襲われ、そのまま視界を閉じた。
夢のロード画面では、女神が何か踊ってた気がする。PS1とか2の頃のロード画面だ。

自然と目を覚ますと、大樹の下で俺と女神は天を仰いで寝転がっていた。
そのまま顔を合わせたら、何故だか2人とも笑ってしまった。

「女神パワー、すごいでしょ?回復したらまた使っちゃおうかな〜」

ならば…と俺は立ち上がって彼女の手を取った。

「お腹がすいたんじゃない?良いところを知ってるんだ。天界にも無いような、とびきりのところをね」

女神は優しく、一度だけうなずいて俺と一緒にまた走った。
扉を開けたその先へ、夢から覚めたその後で。

記憶を綴ったその最後に。

俺たちは、今日も地上を駆ける。
楽園を目指して。

        乙花クラリス・外伝 了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?