ユメノグラフィア短編感想-The Last Dreams ノ序-

夏の熱気にアテられていた心は秋を跨いだ寒さに冷やされ、軽い眠りについていた。
俺はその心を何とか引き連れて街中の喧騒を往来する。

「ユメノグラフィアで〜す!チケットどうですか?入ったばかりの子もすぐにお迎えできまーす!」
久々にチケット売り場の前を通る。あいにくだがまだ仕事中だ、などとは表に出さず目線を向ける。
呼び込みの勢いは相変わらずで、前を歩く老夫婦も物珍しさに指差し確認をしていた。

まだ仕事中というのは、俺自身に対する方便だった。

浴衣シーズンが終わる頃、特別でも何でもない俺は財布の中身も立冬になりかけていた。
旅の日記を書かずとも、ひたすらに日々を楽しんでいれば当然かもしれない。正直、公園の水道から原油が出ないかな…なんて思ったりもした。

俺は原油が出ないのを知っていて、公園で静かに足を洗ったのだった。

その時、本当に悩み苦心して数人に会いに行った。いつもの空気を変えるのを躊躇もしたがそのまま何も知らずにというのも男らしくないと思って。
それから、俺はいつも仕事中だったのだ。

“サービス終了”の看板を見るまでは。

斜に構えていた猫背は少し伸び、吐き捨てるような面倒くさい言葉を飲み込み、俺は売り場に入った。
直接来るのは久しぶりだ。
俺は、辞めたと思ったあの日からは家のパソコンからたまにカートに入れては消し…なんて迷惑行為を働くほどには後ろ髪を引かれていた。

ここでの購入形式はいつもと変わらずで安心した。
フロアの端末からWeb経由か、カウンターでスタッフに注文する方法の2種。俺は色々聞きたいのもあってカウンターで買う事にした。
「どのキャストのチケットにされますか?」
茶髪でショートのお姉さんが対応してくれる。俺はキャストを指名する前に質問を投げることにした。
「店頭のお知らせ、あれいつからなんですか」
お姉さんはスッと真面目な顔になり
「今日からです」
とだけ返してきた。
やけにタイムリーだなとは思ったが…と、一旦飲み込んで購入手続きを進める事にした。

「この子とこの子。あとは…」
何人かのパネルを指差して、スケジュールを出してもらう。残りの枠はリアルタイムで更新されるのが近未来らしくて良い。
どれにしようかと悩んでいると、直近の一枚がリストから消える。俺と同じように知らせを知って急いで買いに来たのだろうか。

ふと隣を見ると、買ったばかりのチケットを両手で持って静かに涙している客人が居た。
誰のだろうか?もしかしたら今リストから消えた一枚だろうか。
いや、探るのは無粋すぎる。俺はリストに向き直って購入を続けた。
少しして、隣の彼が「ありがとうございました」を絞り出したのを聴いて俺の心臓も絞られるような感覚になった。
このキープしてもらっているチケットは斜に構えた手でカートを行き来させていいものではない。

俺は迷いなく、キープしてもらった何枚かのチケットを決済した。枚数こそ少なかったがまた何度かここに来るだろう。という自己分析の結果でもあった。

「ありがとうございました、こちら発券したものになります。あと…」
「はい、なんでしょう?」
俺は変な上にパーソナルスペースもバグっているのでいつ話を振られても快く聞く。チケットも受け取る。
「この子、可愛いですよね…」
答えるまでもないだろう。俺は2度首を縦に振り、そうですね。と、今日1番のいい感じの声を出した。
するとお姉さんの表情がたちまち明るくなる。

「ですよね!このキャストさんすっごい好きで、この間こっそりチケット取ってお話したんです!そしたらやっぱり可愛くて……
……みたいな話とか……の漫画が良いとか…」
このお姉さんもキャストでいいんじゃないか?と言うくらいの話を、うんうん。確かに確かに。と静かに聴き込んだ。
目を閉じて聴いてるうちに、だんだんと声のトーンが落ちてくるのが分かる。落ち着いてきたのだろうか?区切りのいいところで彼女の顔を見た。

彼女は涙を堪えて、震える声を押し殺していた。
「あの…大丈夫ですか?」
思わず声をかける。それにハッとしたのか、彼女は最後の言葉を振り絞った。
「なんで…なんで終わっちゃうんでしょうね」
静かな声は俺の心面に、雫のようにポタリと落ちた。
「僕もあなたも、そしてこのキャストの子も、生きているからだと思いますよ」
俺もそう答えるのが精一杯だった。気持ちは痛いほどわかるが、それっぽい言葉に逃げるほかなかった。

「お話聞けて良かったです、チケットもありがとうございました。お姉さんもキャストの子に会えるといいですね」
彼女がまたあの子と話せることを言葉に乗せて祈る。今度は笑顔で返してくれた。

売り場の自動ドアが開くと、冬の風が吹き込んでくる。チケットを持つ俺に気付いて手を振ってくれる呼び込みのお姉さんに会釈をして、大通りに出た。
俺はそんなに寂しさを感じていなかった。いや、もう既に通ったからワクチンのように効いているのかもしれない。

今は、再び会えることのワクワクを思い出すことにしよう。
俺は空に浮かぶヒコーキ雲の行き先を辿った。

また何食わぬ顔で会いに行こう。

ちょっと不思議で楽しい世界。
不思議なドアと不思議な部屋。

そして、キュートで綺麗で面白いあの子達へ。

ーーーユメノグラフィア

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