ユメグラ二次創作短編 町無こがれ ノ巻#1

『灯台下暗し』あの子が気になってから、つい辞書で調べ直してしまった言葉だ。
華は時にまばゆく輝いて、高嶺から僕らの航路を照らしてくれる。

飽きない。
何十…いや何百周もしたこの恋愛ゲーム「とま恋」は可愛いヒロインばかりで、誰を何度攻略してもまたプレイしたくなる。
ヒロインのキャラデザ、ボイスは言うまでもなく最高。しかしそれだけではない。
仕草が、言葉が、シチュエーション込みで可愛いのだ。

容姿と声と性格に合った動き、つま先や指の一本一本にまで全て神経が通っている。いや、魂が入っていると表現すべき出来だろう。

ヒロインは5人。各20周ずつした後はもう数えるのをやめた。数える暇があれば彼女たちと話していた方が有意義であるからだ。

そもそも何故こんな自慢話のようなプレイ履歴とレビューをしているかというと…。
ついに続編が出たのだ。

よく分からない技術だが、脳波を取り込んで全ての感覚をゲームから電気信号で送ってもらうことにより極限までリアルな体験ができる…夢のフルダイブ恋愛シミュレーション。
俺はこのために、残っていた有給を全て使った。今年の残りの俺の体と引き換えてでも全力で楽しんでやる。

壁に向かっての独り言もそこそこに、ヘルメット型のデバイスを被ってベッドに寝転んだ。寝るとゲームが起動するらしい…ゲームというより明晰夢みたいな感覚だな。
興奮のせいか寝るのに時間がかかってしまった、もう少し残業しておけば良かったなあ。

(ヒカル…ヒカル…!)
聴き慣れた声がする。主人公のママの声だ。
体を揺すられる感覚がある。このリアルさは期待できそうだな。
目を開けると見慣れた顔。CGでないリアルな顔はとても愛らしく目に映った。
150cmくらいと小柄なもののスタイル抜群、料理もうまいし顔も声も可愛らしいという、製作陣の癖が詰まったママだ。

まだ眠気の残る体を起こして、おはよう。と返す。直後、にっこり笑顔のおはよう。を目の当たりにして完全に目が覚めてしまった。

これはもう戻れないかもしれない。

ママの顔をガン見したままベッドから出て、リビングへ。間取りは分からないのでママの揺れるポニーテールの後を追った。
リビングにはパパがすでに居て、新聞片手に目玉焼きをつついている。
「ヒカル、おはよう。今日から新しい学校で慣れないこともあるだろう。しかし人生は冒険だ!どんな可愛い子がいるか…おほん。もとい、新しい体験を全身で受け止めるのだ」

フルダイブになったからだろう、それっぽいセリフに差し代わっている。パパにクセのあるセリフ言わせがち。
「ユウコ、私はそろそろ出るよ。今日も目玉焼きありがとう」
「イサミさんいってらっしゃい。はいこれ、お弁当と…」
はいはい、いってきますのチューね。両親の仲がいいのはどんなゲームでも悪い気はしない。全クリした後も2人で幸せに過ごしてくれと切に願うよ。
ずっと家に居ても仕方ない。皿に乗ったトーストを口にねじ込んで、着替えて鞄を持って外に出る。もちろん、笑顔のママに行ってきますも言ってある。

転校初日の登校中に早速イベントが起きる。
曲がり角からヒロインがランダムで飛び出してきてぶつかるのだ。玄人プレイヤーはここで出会ったヒロインを攻略したりもするが、今回は関係ない。
ヒロインは次の5人だ

藤宮 優衣(ふじみや ゆい)俺のイチオシで、今回攻略しようとしているヒロインだ。
綺麗な黒髪ロングに緑のカチューシャ。やや小柄なもののバランスの良い身体。成績も良く面倒見も良い。この子もキャラデザがフルパワーなのが分かる。たまに見せる甘えた表情がまたたまらないんだよな。

高城 双葉(たかじょう ふたば)
真っ赤なツインテールにツンツンした感じの元気っ子。160cmと小柄ではないものの、スラっとした体型は一定の人気を得るのに十分な魅力がある。しかし一途な性格で、ルートに入るとデレがすごい。今日もギャップを求めて彼女に会いに行くプレイヤーが後を絶たない。

那須川 紗織(なすかわ さおり)
目に優しいエメラルドグリーンのボブがとても似合うお嬢様。令嬢だけあって文武のどちらも手を抜かない隙の無さがまた惹き寄せられる。恋愛も積極的で、スイパラデートの“あ〜ん“イベントで撃沈したプレイヤーは数知れず。

月扇 夜露(つきおうぎ よつゆ)
気だるそうな紫ショートのアニオタちゃん。
ステレオタイプのようにデカめのヘッドホンを首にかけてスマホをぽちぽちしている。
だが、一肌脱げばダイナマイト。今日もコスプレサミットで巨大な円陣を作るほどの人気レイヤーなのだ。彼女の行きつけのゲーセンはオタプレイヤーを飲み込む。

北箱 一季(きたばこ いつき)
青髪ポニテに小麦色の肌、運動部を5つも兼部してるスーパーアクティブちゃん。噂によると手からビームが出るらしいが…。
ストレッチにいつも付き合わされるので距離がとにかく近い。夏になると健康的な身体が眩しすぎてノックアウトされるプレイヤーが多いらしい。

今までと違って全員リアルボディだ、今から会えるのが楽しみで仕方がない。
俺は期待で加速する心臓を押さえながら交差点へと入った。

「きゃっ!」

いつものテキストも、音だけで聴くと一味違うな…。と、思う間も無く衝撃で倒れ込む。フルダイブだからそりゃそうなんだが…。

「いたた…ごめんなさい…あの、大丈夫ですか?」

聴いた事ない声。ヒロインの声優さん交代したのか?まあ見たら一発だろう。俺はまだ痛む膝をかばいつつ起き上がった。
目の前には、ブラウンの短めの髪。柔らかい笑顔の女の子。

誰だ……?

「あ、その制服…同じ学校の……」

そう。君も同じ学校の子だ。しかし誰だ?追加ヒロインなんて聞いてないんだが。
などと考えている間に女の子に謝られ、ろくに返事も出来ないまま彼女は行ってしまった。

このゲームでは選択肢は提示されない。それどころか日常会話もしっかりこなさなければならないのだ。それを思い知らされた。
すがるようにスマホを取り出してみると無慈悲な時刻。
俺は痛いフリをしやがる膝にパンチを入れて学校へ急いだ。


シンプルな校舎。
なんとか時間内に校門をくぐって先生に会いに行く。転校初日だからHR中に紹介されて入るアレをやるためだ。名前を言ってよろしく…とでも言っておけばいいだろう、出る杭は打たれる。

チャイムギリギリで教室の前へ。先に先生が入って、紹介を待つ。
「橘(たちばな)入ってきていいぞ」
俺は拍手が響く教室に踏み入った。

「橘 ヒカルです。好きなことは歌うこと。苦手なことは勉強ですが、これから頑張りたいです。仲良くしてください、よろしくお願いします」
再び拍手の海。まあまあ好調の滑り出しだ。
このクラスには優衣と夜露が在籍している。これから楽しくなりそうだ。

「橘の席は…あそこ、手を挙げてるあの子の隣に座ってくれ」
俺は先生の指先を追った。

目線の先にはさっきの女の子がいた。
彼女は笑顔だった。当然先に気づいているだろう…少し悔しかった。
隣に座って挨拶する。
「け、今朝はどうも…」
「すごい偶然だね。分からないことはいつでも聞いて〜。ヒカル君、これからよろしくね」
ぎこちない俺にも優しく声をかけてくれる。確かに隣の子は今までモブだったし、こんなセリフだったが…。

こんなに可愛かったのか……?
普段は見ることの出来ないゲームのイベント、キャラの姿。
教室を見渡すと、誰一人としてグラフィックが同じキャラがいない。
この世界はヒロイン達と俺だけのものではないということか。

「じゃあ転校生の紹介も終わったし、出席取るぞ〜。明石〜!宇佐美〜!…」
俺のモノローグを当然無視して時間はどんどん進む。

「橘〜!」「はい!」だが俺はこの世界の一員を担わなければならないのだ。彼女達と仲良くなるために。

「月扇〜!」「は〜〜い」間延びした返事の夜露。今日も徹夜でゲームしてきたんだろうな。

「藤宮〜!」「はい!」柔らかくもどこか芯のある返事。俺の席から少し離れているのが残念だ。席替えはよ来い。


「町無(まちな)〜!」「は〜い!」
俺の横から元気な声がした。
…思い出した。この子は優衣の友達Aだ。
優衣とのイベントでたまに見かけるモブの女の子。
初めて聴くことが出来た、柔らかい声。
初めてまじまじと見た表情。
そして、初めて知った名前。

不思議とこの子にドキドキしてしまう。

町無ちゃんは返事の後に俺へと向き直った。
「そういえば、名前教えてなかったね。私、町無 こがれ。気軽にこがれって呼んで!」

この日、何度もクリアしたゲームで
俺は初めて“町無 こがれ“に出会った。

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