ユメグラワンドロ企画-お題:天才-

…私は生まれてこのかた“天才”に出会ったことがない。

誰もが口を揃えて“天才”という人物にも何人か出会ったが、その“天才”達はせいぜい“秀才”であり、私にはとても“天才”とは感じられなかった。

天才とは、天から与えられた才能のこと。言葉だけ見れば…だが。
秀才は…秀でている者のことを言う。
何かに秀でる事は実はそれほど難しい事ではない。

運動能力や知力に優れればすぐに他人から秀でる事が出来るだろう。
趣味にしたって、上手かったり、誰よりも好きであればそれは秀でている。


だが、それは天から与えられたものか?
その人、例えば君が選んだ結果ではなかろうか。ここでアカシック・レコードなど無粋なものを取り出したりするなよ?
それが食卓に並ぼうものなら私はこの話をやめて、腹を立ててすぐにでもここを出て行く。そうなる事くらいは、アカシック・レコードを持つ君には分かるはずだ。

話が逸れてしまった、今日は君に天才を紹介してもらう予定だったね。
どんな天才だろうか?楽しみで仕方がないな。

(彼はその後、1人の…いや、1匹のペンギンを連れてきた)

おやおや、これはこれは可愛い客人だ。
それで“天才”の飼い主様はどちらかな?
何、このペンギンが“天才”だというのか?面白い、どういう事なんだい?

「僕はぺん助、よろしくお願いします。ミスター」

なんとまあ、饒舌に喋るじゃないかこのペンギンは。オウムでも九官鳥でもない、白黒のずんぐりむっくりが。
そう、私の思う“天才”はどう転んでも到達できない所にいる者を指す。それは人間で無くとも良い。
神から何かを受け取るのは人間だけというのは、人の浅はかさの産物だ。ノアの方舟の隅で怯えていたのを忘れたのだろうか。

私は『ぺん助』君をとても気に入った。彼は種の限界を少しはみ出した“天才”だ。
彼の手を取り軽く握ると、彼もそれに応じてくれた。

これはこれはようこそミスターぺん助。ゲストルームはこちらです。
おや今日は南極からでしたか、ずいぶん寒かったでしょう。コーヒーか紅茶か…ミネラルウォーターもありますがいかがです?
イワシ…ですか。アジの開きなら用意できますのでソファーにてお待ち下さい。

彼はそこらを歩いている人と何ら変わりなく、むしろより丁寧に私と言葉を交わしてくれた。
私はティーカップにアジの開きを乗せて彼の待つテーブルへと運んだ。

「ありがとうございますミスター。いただきます。」

彼は手を合わせて一口でアジを飲み込んだ。私達がカップの水を飲み干すのとなんら変わりなく。

私も紅茶を飲みつつ彼と話していると、どうやらリモートで身分を偽り高卒認定までは取得したらしい。
驚いた。文字も書けるのか。
私は思わず色紙を持ってきて彼にサインを頼んだ。

「私がですか?いやぁお恥ずかしい…では」

彼は羽ペンを器用に握り込んで、サラサラと書いてくれた。好物だと言うイワシの絵を添えて。

「ミスター、あなたの名前も添えたいのですが何とお書きしましょうか」

私の名は不要だと伝えた。天才のサインに私の名が載るのは無粋だ。
彼にお礼を言って、日当たりの良い窓際に立て掛けた。


その後も“天才”の話は一晩続いた。
そのどれもがペンギンから発信される話ではなく、彼が神に愛されていて、彼もそれを充分に理解しているようだった。

朝日が差し込み、私達は席を立つ。

「それでは、ミスター。今日はありがとうございました。アジ、美味しかったです」

彼は可愛らしいお辞儀をすると、そのままペタペタと玄関を歩いていった。
彼を見送った後、私は再び君に話をする。

いやあ凄かったよあの“天才”は。最後の仕草がとても可愛かった。
君が、彼に才能を与えたくなったのも何となく分かるね。

君はしたり顔で少し笑って私にリクエストする。そうだな、次は誰に何を授けようか。
私は庭に出て、新たな命の息吹たちを一望した。

…よし、君に決めた。

君には“周りの人を笑顔にし、夢と希望を与える人物になる才能”を授けよう。

君には……

私は息吹たちにどんどんと才能を授けていった。

さあ、目覚めるのだ人の子らよ。

天賦の才を持って、明るく、健やかに過ごすのだぞ。


私と君は、沢山の息吹を見送った。

また、穢れのない命の息吹となって戻ってくることを望んで。

……ここに“天才”は必要ないのだから。


-天才編・終-

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?