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きんぎょ~道ならぬ鯉

あの帳に描かれていたもの。

それは一見すると、草臥れた涅色の布にしか非ず。しかし能くとみれば、烏羽色の艶めくさかなの群れだった。

どうして気づかなかったのかしら。
季節外れの蚊帳のなかで、さかな達の泳ぐ池を指でくるくると水掻いてみる。同時にさかな達もくるくると廻りだした。さかな行軍の向かうさきには、さかなだけがいる。そのうちに一匹だけ群れから外れ、眺めているとそれは池の底へ、底へと消えてしまった。

その後も行軍はつづく。
 
 
いつか夜の明けるころには、さかな達も帳のいちぶ。それは変わることない模様。

出入り障子が雨戸を開く祖母の影を映している。
おばあちゃん。わたしが呼ぶと、祖母の影がこちらを振り向くのがわかる。祖母からは当然にわたしが見えるはずなく、しかし祖母はわたしを見る。

おや、起きてたの。早かったね。
顔が見えずとも、祖母がいまどんな表情をしているかわかる。

なぜだろう。胸がつまって返事ができずにいると、障子が開かれ祖母がわたしの様子を窺いながら蚊帳を捲る。するとふいに、わたしの顔のまえで両手をパチンと鳴らした。
 
 
そのふいを突かれ、わたしは目をぱちくりしてしまう。
そうして祖母は手の内を静かに開き見せ、
ほら、悪い夢捕った。と笑うので、つられて笑った。

部屋からの出しなに祖母の背中が話す。
その帳ねえ。

おまえが産まれた頃から、おまえの夢を食ってきたからねえ。だいぶん草臥れたねえ。
 
 
 
そうだね。つづく