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秋傘水稀先生『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』読書感想文

というわけでまた痔になりました。お尻、荒ぶる、再び。
前回は刺激物の飲食を控えつつ市販薬の力でおさまったのですが、今回は様子が違いまして。
まず、市販薬の効果を全く感じないのです。
良くも悪くもならず、本当に、無、なんです。
アンデッド系のモンスターに毒草ぶつけたらこんな感じかしらってくらい、何の反応もありません。
さすがにちょっと心配になってきて、ちょっとどころじゃなく不安にもなって、しかたないので肛門科に向かうことを決意しました。
私はネットで症状を検索して自発的に恐怖に支配される模範的なサイバーコンドリアなので、やめればいいのにせっせとあれこれググります。
インターネットの情報を鵜呑みにするなら、私のお尻を元に戻すためには、一万円から九万円の費用と一日から一週間の入院が必要だそうです。
一体、私のお尻が何したっていうんですか。
とはいえこのままってわけにもいかないので覚悟を決めて、いざ入院となっても退屈しないように、タブレットにありったけの本と映画を詰め込んで肛門科へ。

肛門科とはそういうものなのか、私のいった場所が特別だったのかは不明ですが、ずいぶんとおしゃれな空間です。
iPhoneとか売ってそうです。
そこに集まる人たちもお子様からお年寄りまで様々で、ここにいるみんなお尻がどうかしちゃってるんだなと思うと親近感がわきます。
受付をすませ、下半身に優しそうな椅子に腰かけて名前を呼ばれるまで読書をしましょうとタブレットを起動。
『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』
秋傘水稀先生の新作です。
実際に書籍の30ページ単位でループするというルールの野心作です。
新しい試みは、それだけでもわくわくします。
さっそく読みはじめようとすると、物語への入り口をふさぐみたいに、誰かの小さくて綺麗な手が画面の上にふわっと着地しました。
顔を上げ、手の主を見ます。
長い金の髪、そして人ならざる長い耳。
エルフです。
エルフの少女──いえ、外見は人間の感覚で十代にしか見えないし、どこかの学校の制服を着ているので少女的ではあるものの、人間基準の外観年齢で十代半ばのエルフは確か──600歳くらいだったかな?
「800歳ですよ」
エルフさんに訂正されました。
口に出してないのに、どうして?
「人間の考えてることくらい、エルフぢからでわかりますから」
ということらしいです。
「ところで、この手は何です?」
読書の邪魔をするみたいにしっとりと置かれているエルフさんの手について訊いてみます。
「この本を読んではいけません」とエルフさんは言いました。
「なぜです?」
「痔になりますよ」
「もうなってますよ」
だから肛門科にいるのです。
「私、この本のせいで痔になったんですよ」
「なにを言ってるんですか、エルフさん」
「あ、できれば、さん付けじゃなくて先輩でお願いできますか? 実はここ最近、エルフ界隈で人間界の学園ブームなんですよ。それにほら、私、少なくともあなたより700歳以上年上だし」
ああ、だから制服着てるんですね。
「……別にいいですけど。で、エルフ先輩はこの本を読んで痔になったと?」
「はい」
「絶対うそでしょ」
「嘘じゃないですよ! 見ます?」
「ちょっと、やめてくださいよ! お尻向けないで、スカート持ち上げようとしないでくださいよ、みんな見てるじゃないですか」
「かまいませんよ、人間ごときに見られても」
「唐突な上位存在アピールもやめてくださいよ」
「というか聞いてください」
「なんです?」
「さっき診察を終えてきたんですけど……」
「はい」
「……先生に、何されたと思います?」
「わからないです」
「……先生、指に妙な薬を塗って、その指を私のお尻に入れて、それで……指を動かしてきて……」
「まあ、肛門科の診察ってそういうものでは?」
「あれ絶対に媚薬ですよ。いつも読んでる本はそういう描写ばっかりだし」
「先輩は普段どんな本読んでるんですか」
「あなただってそういうの好きでしょ?」
「いや、自分はそういうアダルトなのは読みませんね」
「どうしてですか? あ、もしかしてEDなんですか? EDなんですね。その年で、かわいそうに。肛門科より先にてもらう科があったのでは?」
「ひどいこといいますね。違いますよ」
「だったら口に出すのもはばかられる特殊性癖の持ち主とか?」
「違いますよ、むしろその逆で僕は直球なアダルト描写よりも一般向け作品の何気ないキャラクターの仕草にぐっとくるタイプといいますか……」
「…………」
「えっと、先輩? なんですその表現しがたい表情は」
「これはカルト教団に誘拐された自分を救出にきたエージェントが任務完了後に突然中二くさいポエムを垂れ流しはじめたときの大統領の娘の表情ですよ」
「全くイメージできないんですけど」
「これですよ」

「なんでこんなシーンのスクショ撮ってるんですか」
「他のも見ますか?」

「先輩は男子中学生なんですか?」
「見ての通りの美少女エルフ様ですよ」
「……確かにそうですけど、スクショの方向性が性欲に従順すぎますよ」
「それが普通ですよ。あなたはEDだからわからないだけです」
「だから違いますって」

「あ、先輩、受付の人に呼ばれてますよ?」
「あ、本当だ。じゃあちょっといってきますね。くれぐれも読んではいけませんよ?」
「わかりました」
エルフ先輩が離れていくのを確認して、やっと読書を開始できます。

──しばらくして──

「あーあー」
戻ってくるなり、先輩はそんな言葉を頭上からこぼしてきます。
僕は椅子に深く腰掛け、顔を手で覆い、うなだれていました。
「だーかーらー読んじゃダメっていったのにー、いったのにー」
「せんぱい……」
「そんな顔しても同情してあげませんよ。あなたが今いる場所は私が三日前に経験した場所です。ちゃんと警告したのに。これだから人間は……」
「先輩、この話って──」
「あなたの言いたいことはわかりますよ。せーの──」

「「犯人だれ?」」

「これ誰が犯人なのかわかります? 推理可能ですか? 僕これまでそれなりにミステリー要素のある作品読んできましたけど、事件解決の際に主人公が犯人の         状態ってはじめて見た気がするんですけど」
「私もです」
「一度読み終えたとき、伏線に気づけなかったのかなってすぐに読み返したんですけどそれでもわからなくて、本文にマーカー引いたりノートに人物相関図書いてみたけど、それでもわからなくて……」
「あ、電子書籍版と紙の書籍版ってページカウントの演出が違うんですね」
「そうなんですか? ってますね。それで、気づいたら朝の四時半になってて、そこで力尽きました」
「勝った! 私は五時半までねばりましたよ!」
「いつからそういう勝負してたんです?」
「私はPCで考察ファイルたくさん作って考えてたら、もうデスクトップがぐちゃぐちゃで……」
「ああ、先輩のデスクトップって、にぎやかそうですよね」
「あなたもでしょ?」
「僕は意外とシンプルですよ?」
「本当ですか?」
「本当ですよ、ほら」

「ふむ」
「別に撮影用に手は加えてないですからね?」
「確かにデスクトップはいじってないみたいですけど、アクスタってもっとありませんでした?」
「…………」
「あと、カービィの隣に貼ってあった『今年こそラノベ作家デビューするぜ!』的な決意表明の紙はどうしてはがしてるんです? もしかしてデビュー決まったんですか? おめでとうございます」
「エルフぢからで人の記憶をのぞかないでくださいよ。エルハラですよ、それ」
「そういえばあなたも結末で犯人が明らかにされない系のお話をwebで公開して、誰が黒幕かわからないぜ的なコメントいくつかもらってませんでしたっけ?」
「そうですけど、一応推理可能な伏線は用意していたつもりですし、ちゃんとわかってくれてる人もいたし、犯人教えろ的なダイレクトメッセージにも応じましたよ」
「ふむ。では『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』の犯人について、私のエルフ的直観を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんです。ぜひ教えてください」
「おそらく、この一冊で犯人の特定は不可能です」
「はい? ではどうしろと?」
「次の巻、もしくはその次で明かされるんじゃないかなって」
「これってシリーズだったんですか?」
「そうでしょう。明らかになってない伏線いくつもありますし」
「ああ、確かに。発売っていつになるんでしょうか?」
「いつでもいいじゃないですか。私は待ちますよ、いつまでも」
「僕はできるだけ早く出していただきたいのですが」
「やれやれ、人は短気ですね。私は今もスーファミのああ女神さまっを待っているというのに」
「気が長すぎるというか、そこまでいくともう幻想への妄想では?」
「そんなことないでしょう。もうあきらめていた作品に数十年ぶりの続編や新作が出るってニュースは毎年のようにあるじゃないですか」
「まあ、そうですね」
「そういえば、ときメモがもうすぐ30周年ということで何やら仕掛けてくる様子ですけど、どんなのがくると思います?」
「リマスターとリメイクじゃないですかね?」
「個人的にリメイクやリマスターを希望する作品は? 私は『銀河お嬢様伝説ユナ』です」
「僕は『AZEL -パンツァードラグーン RPG-』ですね」
「じゃあ幼少期に性癖を破壊されたキャラクターは? 私はサイキックフォースのエミリオ」
「僕は少女革命ウテナの姫宮アンシー……って先輩。先輩は外見年齢十代で実年齢800歳だそうですけど、青春年代が30代というか僕と同世代臭がすごいんですけど──」
「自分も高校生になったら虹野さんや古式さんみたいな女の子とお付き合いできるんじゃないかと本気で信じていた少年時代の自分にアドバイスできるとすれば何て言います?」
「とりあえず、エルフ力で人の記憶を覗くのやめてください」

「そういえば先輩、肛門科の先生と長く話してたみたいですけど、何かあったんですか?」
「そうだ、聞いてくださいよ。びっくりしますよ?」
「一体、何を言われたんです? 大丈夫だったんですか? お尻」
「先生に、こう言われたんです」

「よかったじゃないですか。その一言であんなに長時間おしゃべりしてたんですか?」
「いえ、診察結果は一瞬で、あとは『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』の考察で議論をぶつけあってました」
「先生も読んでるんですね。といいますか僕これから診察なんでこわいんですよね」
「それなら心配しなくてもいいですよ。症状は極めて軽く簡単なお薬を渡されて一週間で治ると言われた症状は一週間どころか三日で完治しますので」
「見てきたように言いますね、先輩」
「未来予見ですよ。エルフぢからです」
「はじめてその力に感謝したくなりました」
「そして私のエルフ力は『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』の続報や秋傘水稀先生の新作も見えています。期待しましょう」
「はい」
「やっぱり好きな作品を語りあうのって楽しいですね。『30ページでループする。そして君を死の運命から救う。』の続編が発売されたらまた会っておしゃべりしませんか?」
「よろこんで」
「そのときはこれを使ってください」
「これは……鍵ですね。なんの鍵ですか? え? もしかして先輩の部屋の鍵ですか?」
「いえ、それをお尻に入れたらまたここにくる必要ができるわけじゃないですか」
「やるわけないでしょ、そんなこと」
「そうなんですか? 私のよく読む本には定番の展開なんですけど?」
「そういうの読みませんので」
「ああ、そういえばEDでしたね」
「だから違いますって」





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