言われなくともノーマスク

 3月13日からマスク着用が個人の判断に任せられるというので、ふざけるなと言いたい。そんな事を言われなくても元々ノーマスクである。ついでに言うならノーワクチンだ。理由は一つで実にバカバカしいからだ。
 そもそもマスク着用など最初から個人の判断に委ねるべきであって、政府だの専門家会議だのましてやマスコミやヒマ人に着用を強制される言われはない。それを付和雷同して着用した人の何と多かった事か。実に情けない限りである。
 原因であるコロナウィルス感染拡大も、発生は中国の武漢だか、日本で再世に広めたのは、金のある老人と海外旅行や留学をさせる余裕のある親を持つ若者達だった。イヤミな言い方をすれば、自民党や小池百合子の票と金になる人達だ。その段階ではその人達への配慮も含めて何の手も打とうとしなかったのに、夜の街やライブハウスあるいは普通の若者達から感染が拡大するとなると、諸悪の根源のように扱い対策を打ち始めた。それがマスク着用とワクチン接種だった。そして政治家と専門家のパフォーマンス合戦として様々な制限と自粛が強制された。マスコミはそれに追従するばかりでなく更なる不安と恐怖を煽った。これらの事は絶対に許せないし。忘れもしない。
 そんな理由から私は絶対にマスクを着用しなかったしワクチン接種も拒否した。だからと言って私は感染しなかったし、周りの誰も感染しなかった。そこに何の問題もなかった。感染するのがイヤなクセに外を練り歩いている人達こそ何らかの制限が加えられるべきとさえ思った。そんな日々が3年も続いたのだが、私の判断はいささかも間違ってはいないと誇りをもって応えたい。マスクしません。ワクチン接種しません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?