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Y美とN美が小学校に入学する頃にはさらに二人の男児が誕生した。Y美はN美の手を引いて往復4キロメートルの通学路を毎日1時間半かけて歩いた。N美が時折立ち止まって草むらや空に目をやるので、そのたびにY美は手をひっぱらなければならなかったが、N美にはけが一つなかった。むしろ砂利道で転んでひざを擦りむくのはY美のほうで、それも大抵はN美をかばおうとする時のことが多い。町の通りのオートバイが近づいてきて、ふらふらと道をわたろうとするN美をかばおうと駆け寄るときにつまずいたりするY美の姿をN美は不思議そうに眺めるのだった。Y美の成績は優秀であった。家庭内では否応なく妹と弟の世話を焼き、早朝には馬や鶏の餌をやる。遅く起きてきたN美を連れて家をでるのだがその際も、N美の勉強の進捗具合を確認するように質問する。しかひながらN美も姉のそのような態度に軽い鬱陶しさを感じないでもなかった。Y美は父に似て鼻が高く美しく育つように見受けられたが、N美はそのことを少なからず恨めしくおもっている節がある。しかし年長の学友たちに、ついてまわるN美を皆可愛がった。ある時の帰り道に、最も遠いのがY美たち姉妹であるから最後はいつも二人になる。酪農のさかんな地域であるので牛糞の臭いはするが、乾燥しているしひんやりとした夏の夕にはさほどの不快感はない。N美は丘の向こうに群れる乳牛たちのなかに一頭、真っ黒い牛の姿を認めた。牛が、と声をあげても姉は気づかない。その牛は他の牛の影に隠れたと思いややしばらくして振り返ると群れから外れた黒い牛がこっちを眺めていた。姉に報告するが姉には見えない。Y美は来年からあがる中学も優等の成績で卒業し、いずれは看護学校に通おうと考えていた。それは親の希望でもあって、すでに彼女には自分の目的も両親の希望との区別はあまりつかなくなっていた。
そのころS夫の仕事もようやく軌道にのりつつあり、作付け面積は倍増した。所有地が増えることはS夫にかつてない喜びを与えた。それは仕事に対する肯定感であり、自らの手で切り開いた土地を眺めることは誇りであった。このころS夫は娘たちに、ガラス切りを使って万華鏡を作っている。娘二人と長男は、我先にと奪い合うように眺めた。単純な仕掛けが想像もつかない複雑な図形を生み出すその装置は、S夫の幼い頃からの器用さと、遠い故郷の記憶が久しぶりに蘇った瞬間であった。未開の地で、月に数回、S夫が馬車に乗って町へ買い出しに出る。娘たちと長男はそれぞれ自分が行きたいと言うのだが、荷運びにはまだ長男は早かった。二人の娘は万華鏡を仲良く交代に、いよいよ夏めいた太陽光を万華鏡に透かし見た。S夫はその表面に巻かれた千代紙に、楠公の甲冑の絢爛を想った。

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