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いよいよ現実味を帯びてきた学費値上げの噂は、学生たちにはまさに死活問題であった。Kが属する団体でも反対闘争を満場一致で可決したが、その実質的なリーダーが一つ学年が上のOであった。Oの風体はお世辞にも美しいとは言えない。垢じみたシャツを着て無精ひげを生やし、ぱっと見ると熊のような出で立ちだが、よく通る少し上ずった声で話していると相手は不思議と心が和んでくる。Kとは初めから気が合ったようだ。年下のKを、まったく敬意を表さないにもかかわらずOは気に入り、行動を共にした。俺には絵のことはよくわからんけどよう、とOは言った。お前には才能があるで、金があれば買ってやるんだけどなぁ。
Kは授業もそこそこに、自らの画風の確立に時間を費やしていた。長屋での自室からの絵の具の匂いが溢れて玄関先まで漂ってくる始末であったが、高校生になったM季もR子も何も言わなかった。ただ夜な夜な連れに来るOに対しては訝しげに思っていたようだ。それでもOが、Kさんお借りしますよ、と言って連れ出す際には何か食べ物を渡すことを忘れなかった。
授業の際、N美は中国地方の方言についてのレポートを発表することになった。共同で研究した仲間が固辞したためN美に貧乏くじがまわってきた。それは仲間がN美に発表を強く勧めた結果でもあった。さほど広くない教室で親密な雰囲気でも、人前に立つとどうしても一段高い声になってしまいたどたどしくなる。そのときKが、どうして日本の方言なのに中国なのか、と冗談めいた質問をした。ざわめきが起こる。N美は愚直に、日本の、中国地方だからです、と答えたが、多少なりとも緊張の緩和に役立ったようであった。
授業のあとN美はKに声をかけた。さっきは緊張して困っているところをありがとうございました。
KがN美を授業料値上げ反対の集会に誘ったところにOが来た。誰よ、K、おめえも隅におけねえな。Oの言葉に苦笑いしながらもKは取り合わなかった。三人は集会の後、Y美の勤めるフルーツパーラーに行った。Y美は二人の不潔そうな男を見て驚いたが、いつになく楽しそうなN美の姿はY美を安心させるものだった。OはY美にえらく丁寧な挨拶をして、帰りぎわにもKに向かってY美のことを、あれは綺麗な娘さんだ、と繰り返し言うのだった。

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