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3、キングコングの蠢き(うごめき)

3.キングコングの蠢き(うごめき)

こうして障害者雇用をしよう、と決まったはいいが、何のノウハウもないまま障害者雇用ができるはずもない。そこで白羽の矢を立てられたのが私である。

社長と幼馴染であった私は、当時、精神科の病院で作業療法士というリハビリの仕事をしていた。就労支援として、働きたいと希望する患者さんの支援も年に数件は行っていた。「飲食業でアルバイトしたことがあるから、また飲食業で仕事をしたい」と希望する患者さんがいた時には社長に頼みに行ったこともある。その時には彼からけんもほろろに「飲食業にはそんな慈善事業をする余裕なんか無いよ」言われたのをはっきりと覚えている。恨んでいるわけではないが。

時は経ちある日、社長から「障害者雇用をしたいんだけど」と相談があり、まずは社員がイメージを持つために、福祉事業所や、すでに先進的に障害者雇用をしている企業を見学するコーディネートを私がすることになった。

まずは沖縄県内で飲食業をしながら就職に向けたトレーニングをしている事業所をいくつか回った。きれいなレストランでお客もホール係も多く活気づいていた。役割は細分化されており、障害があってもその特性を配慮しつつ強みを活かすことができるように多くの選択肢が用意されているように、私には見えた。

だが、飲食業のプロたちの目には、私とは全く違うように映っていた。いらっしゃいませと言うだけ、客をテーブルまで案内するだけ、オーダーを取るだけだと仕事にならないじゃないか、得意不得意があって業務を細分化するのはもちろん分かるが、いくつその業務を組み合わせていくことができるのか、その為にはどういう工夫をしているのか、むしろ一人がもっと多くの業務をできるように業務のスタイル自体を変えたらどうか… すごい剣幕で私に質問してきた。

私が「配慮されていて良い」と思っていたことに対して、この人達は全く良いと思っていない。彼らは障害のことを理解していないと私も最初はイラっとしてしまったが、よく考えると真っ当なことを言っているのかもしれないと思うようになった。むしろ私の方が、福祉は事業として、多くの利用者を受け入れないと経営的に成り立たないという理由をなんとなく聞こえの良いように理論化してしまっていたかもしれないと思ったのだ。

次に行ったのは高知県の『ワークスみらい高知』である。障害者の就労支援施設として先進的な取り組みが全国的にも知られているところだ。機械化により障害の度合いを解消できる環境作りが行われており、圧巻であった。なんといっても売り上げが立っていることに私も社長も驚いたのだった。

見学を共にした当時の店長は後にその時のことを次のように話している。

初めに、何の前触れもなく突然社長が店舗に来て「障害者雇用始めたいけど、どう思う?」と聞かれました。障害者雇用って何?っていうのが最初の印象でした。従業員が集まらないので人材を確保する為なのか、社会貢献の意味なのか全然分かりませんでした。社会的には障害者雇用は良いことだと思っていましたが、でも直接接するのは自分達ですよね?と反発する思いもありました。

当時のキングコングは業績が悪く、1年の中で4ヶ月しか単月黒字が出てなくて、全体としては赤字でした。人材もアルバイトが入れ替わり立ち代りで安定しない状態が続き、人材教育に当てる時間もなく、とにかく作業をこなすのが精一杯でした。そういった状況では新しい取り組みができませんので、客は減る一方でしたね。すでにいる従業員もきちんと教育できていないのに、障害者なんて無理だと思いましたよ。飲食業というのはお客様に喜んでもらう職業ですので、客の様子を見ることができないとできないものなんです。それが障害者にできるはずがないと思いましたし、自分にそれを教える自信もありませんでした。同業他社に競り勝つことはできないと思いましたので、社長には「社会的にはいいと思いますが、今はそういうことやっている余裕はありません」とはっきり答えました。

そして社長と仲地さんと県内事業所の見学に行ってさらに不安は募り、この取り組みに嫌気がさしました。まず見学に行ったお店には客がいませんでしたから。最初はここ飲食?っていうくらい飲食の雰囲気がありませんでした。そして施設がきれいだと思いました。商品も並んでいましたが、違和感を感じる程きれいでした。敷地の割に商品が少なく、客を意識した商売をしているとは思えませんでした。施設内を見ると、無機質に動いている人ばかりでビックリしました。人が飼われていると思ってしまいました。障害者を集めて身にならないことを教えて、心や気持ちに触れていないように見えたので、この人達は今後どうやって生きていくんだろうと考えてしまったくらいです。見学できたのは良かったのですが、以前にも増して障害者雇用が社会貢献になるとは思わなくなりました。社長にこういうことなら私にはできないとはっきり断りました。

そうしたら社長が「もう一箇所だけ見に行こう」と言って高知県の『ワークスみらい高知』に連れて行ってくれました。そこでは障害者も売れる物を作っていましたし、いい表情をしているように見えました。身体の障害を持っていて、今までの自分だったら「こんな人は仕事できない」と思っていたような人がホールでの仕事をしていて、しかも気持ちのいい接客をしていました。具体的に視覚化や指示の出し方について教えていただいて、かなりイメージが沸いてきました。こういうことだったらやってみたいと思えるようになってきたんです。」

障害者雇用を始めるとトップが言い出しても、たいていの従業員は前向きになれないということだろう。「障害者雇用をしないといけないくらいヤバイ状況なのか、うちの会社?」というメッセージになってしまうようだ。残念だが、そんな印象を与えるほどにしか障害者雇用は社会に浸透していない。しかし、「もう健常者と仕事をしたくありません」と言ったカナコのように、最初の偏見が強いほど、最初の抵抗が強いほど、目の前で起こった事を素直に受け止める事ができ、成長の喜びや感動を共有しやすい事はイメージができると思う。
ちなみに「障害者雇用いいですね、社会的にも必要ですよ」などと体のいいことを言っている人ほど後々関わらなくなってしまう。

このようなプロセスを経てキングコングは障害者雇用への道を歩み始めた。

平成25年1月。障害者総合支援法の就労継続支援A型という事業形態をとり、キングコングは障害者雇用を開始した。就労継続支援A型事業は、簡単に言うと、一般雇用は難しいが支援があれば働ける障害者を対象とした福祉事業で、障害者は労働基準法が適応される労働契約を締結して働く。福祉事業所であるので、サービス管理責任者という福祉事業の管理者を置くことが定められており、私がその職に就く事になった。(後にキングコングはこのA型をやめ全員一般雇用する事になる)

障害のある人に必要な支援をしながら、きちんと企業の一員として働ける人づくりをしよう、というテーマのもとにキングコングは新たな出発をしたのだった。これが、荒れる大海原への出航だった。

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