マガジンのカバー画像

凛々往く道

52
7年間の自宅介護で父を看取った私の日々。
運営しているクリエイター

#父親

Memories Photo

父はカメラ、写真が好きで わたくしが小さい頃は 家で現像までやっていた。 当時、その現像す…

20

豆ごはん

父は特発性血小板減少性紫斑病という難病だった。 それは血小板が減少して、血が止まりにくく…

25

父の一言

それはまだ 父が元気で わたくしが勤めていた頃の話。 「くだらんッ!!!」 その一言で 観…

19

ごめんなさい

母はいつも 「その年齢にならなければ、 その年の人の気持ちは わからないわ」 と言う。 町…

16

花の意味

花が、こんな風に咲くなんて知らなかった。 風に揺れる花は、とても綺麗。 本当に、綺麗だ。…

10

お化けに逢いたい

怖いのは、苦手。 苦手だな。 でも不思議な事に、父を看取ってから、 わたくしの、お化けや霊…

12

絶対なんてないんだと思う

父の介護をしていた7年の間、 それはいい時もあれば悪い時もあったのだけれど、 骨身に染みたのは、 「知らないことがわたくしを疲れさせる」という事実だった。 知らない、判らないことが 不安を呼んで わたくしに、ストレスを持ってくる。 運んでくる。 たった一人の人間を、自宅で介護することなんて そんなに大層なことでもないだろうと、 ただ、体力だけは温存しておかなくちゃね、なんて どこかで高をくくって考えていた、あの頃のわたくし。 突然の救急搬送、入院があったり、病院から呼び

彼女のケース

いつの間にか時間だけが過ぎていた。 彼女の仕事っぷりは堅実で、 同僚たちも上司も、大きな…

3