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石巻ニューキネマパラダイス 第二回「非日常の中の日常」

石巻の中央一丁目、かつて清野ふとん店で、震災後には「千人風呂」というコミュニティスペースであった場所を、複合エンタメ施設として改修するシアターキネマティカプロジェクト。日活パール劇場もあったこのエリアで、もう一度石巻に劇場文化の灯をともしたいと開始した。クラウドファンディングも多くの方の協力により、無事に達成することができ、いよいよ11月から改装作業へ入っていく。ここでは施設がオープンするまでの道のりを毎月ご紹介していければと思うけれど、まずは、なぜこんなにも「劇場」に惹かれるのかを書いておかなければいけない。
先月のコラムでは、相棒の阿部拓郎が、「日常の中に非日常を」という趣旨で書いていた。日常だけでは息が詰まるし、明日も明後日も変わらない日々が続くと思うと、人生は見事につまらなくなり、未来に絶望してしまう。そんな日々のスパイスとして、「いつも通りではないこと」があると、明日に期待することができる。そういった非日常を擬似体験できるのが劇場だ。そこでは当然「劇」を観ることができる。劇とは何か。僕らの文化とは違う、ある場所、ある人たちの日常を垣間見て、固唾を飲んだり想像したりして、自分が当たり前だと思っていた価値観を揺さぶることができる物語。
劇場そのものは「日常の中にある非日常」であるが、劇の中で繰り広げられる物語においては逆に「非日常の中の日常」が描かれる。例えば、ある架空の島国・キネマティカーランドは、喜怒哀楽が逆転している国だ。その住人であるネモ太郎とチンの助は、楽しければ怒って喧嘩し、哀しいことがあると腹を抱えて笑う。彼らにとっては当たり前の日常でも、客席からそれを観る僕らは、どこか可笑しく感じられたり、時に切なくなったりもする。そんな主人公たちにとっての日常が切り取られた一コマを観て、観客は心を動かし、自分たちの当たり前を揺さぶる。これが劇の醍醐味だ。
コロナ禍に入って全国的に、日常が息苦しい時代に入ってしまった。だからこそ、かつて想いもよらぬ非日常を経験し、日常を取り戻しつつあるこの街から、劇場を通して、非日常の風穴を空ける。これが僕ら文化事業に携わる者たちの使命でもあると思い、プロジェクトを開始した。
…と、格好をつけて言えばそうなるわけだが、実はそう小難しく考えてはいない。人が集まり、飲み食いして交流し、エンタメを楽しめる時間があれば、自分たちが生きやすくなる。これから死ぬまでずっと住んでいく地元だから、できるだけここで面白く生きたい。昔から楽しそうにこの街で過ごしている先人たちに学べば、答えはいつもシンプルになる。
20年後の僕らも「劇場で楽しそうにしている変なおじさん二人」になっていたらいいな。途端に未来が楽しみになる。   矢口龍太

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