間違えだらけの塾選び(仮)
ライターブラボー先生®
・・・教室内は、鉛筆の動く音のみ。そこにいるは、復習に励む生徒達だ。
授業が終わっても確認のためにノートを見返す。経験から基づく学びを体現している彼らの行動が毎年お馴染みの光景になって来た。
その様子を、ブラボー先生はしばらく見つめていた。
チャイムが鳴ってしばらく経っても終わらないクラスに、ブラボー先生が声を掛けた。
「ほいほいキミ達連合軍。中学生が来る時間だ。そろそろ今日は終わりにしよう」
めいめい学習記録にやったことを書き込み、ブラボー先生の机に塾生たちが列をなした。
授業でやった内容と、それについての反省や次回への課題・宿題範囲など。
自分の字で、きちんと書きこんでいる。
このクラスの子ども達は受験生なので、この他にも自分で決めた自習があるのだが、まずやった箇所とその改善点を書かせることは、学力定着のためのとても大切なプロセスとブラボー先生は考えている。
【楽しかった】
【難しかった】
のような抽象的な反省は、問答無用で書き直しになる。
こういう所を疎かにする生徒は、絶対に伸びない。イイカゲンな生徒の、イイカゲンな感想に付き合うつもりなど全くないのだ。
夏が終わりに近づくと、ブラボー先生はますます【訓示】に力を入れるようになった。
塾内でやるだけよりも、塾内で彼らの心を1㍉でも動かせたら、彼らはきっとワタクシゴトとして、もっともっと入試に主体的に取り組むはずだ。
そう信じて、毎年指導していた。
最初はその迫力を暑苦しく思っている子ども達が、いつしかブラボー先生の熱意に感化され、自習室にこもるようになるのも大体毎年この時期からだ。
ブラボー先生は彼らの成長を、種まきと収穫という風に捉えていた。
若いうちに、強く生き抜くために自ら考える経験を沢山させておけば、たかが入試で人生を左右されない、立派な大人になる。
そう信じて、毎年指導するのだった。
◆8月の終わり◆
「みんな〜、よく聞いて。パパママがよく言う、【今頑張ったら後で苦労しない】ってやつ。あれ、真っ赤なウソ。んなもん、知らんがな」
ブラボー先生は、まるCEOの学習記録にサインしながら、そう皆に声を掛けた。
「ムギイイィ、ボクのママ、『将来のために今頑張りなさいイイイ!』ってよく言うよ!」
と、ボクサーが声色をママに寄せて抗議した。
「うむ。それは・・・」
ゴクリ。
「半分ウソだな、ダハハ」
「だは~」
「ウソだった~」
「ムギイイイイ」
関西のお笑い舞台よろしくズッコケる、フランス・ボクサー・サイキック。
ブラボー先生は、大人の嘘をきちんとウソだよと、教えてあげる人間だ。
多少芝居くさいのはご愛敬。
「・・・半分なの?」
いつもあまり自分の意見を言わないたえ造が、思わず口をついた。
その質問をしたことに、自分自身も驚いているようだった。
「たえ造。そうよ、半分しか正解じゃあないなあ。
ふむ。よし、みなさん、ちょっと帰り支度をしながら聞いておくれ」
と言うと、ブラボー先生は教壇に戻って行った。
子ども達も、席に戻った。
「『将来の為に今頑張りなさい』
は、半分正解だとワタクシは思います。半分。なんでだと思う?」
みんな、何も言わない。
「うん。まずね、このお母さんの ──ごめん、別にコレ、ボクサーママの話でなくってさ・・・
『将来の為に今頑張りなさい』は、二つの意味が取れちゃうと思うのよ。
つまり、
今、頑張れば将来【楽】になる。こりゃあウソだな」
「え、ウソなの?」
お嬢が声を上げた。
「マジか~楽になりたかった」
フランスが言うと、
「んなわきゃない。今の努力を忘れなきゃ成功するかもしれないが、今だけの努力で将来は確定なんかできやしないさ。ましてや、成功者になったって、それからも何かしら苦労するはずだよ。
キミ達のお父さんお母さんも一生懸命働いているだろう?【はたらく】はさ、はた(端)がらく(楽)になってもらう為の活動だからねコレ。自分が楽になりたい、はないな。
問題は、将来楽になりたいから今頑張れって解釈ね。
そうじゃないだろう?今頑張るのはさ・・・」
皆、ブラボー先生を見つめている。
「つまりは、努力の訓練である」
「努力の訓練」
たえ造が繰り返した。(今日は結構しゃべる!)となりのサイキックが、驚いたように、彼女の横顔をちらりと見た。
「じゃあ、じゃあお母さん、もしかしたらその、違う意味で言ってそう」
たえ造が、堰を切ったように話し出した。
「だって・・ウチのお母さん、頑張って難関校に入ったらきっとその先6年間楽になるって」
「たえ。そりゃあないな」
ブラボー先生は間髪入れずにそう言った。
「キミ達の志望している学校。たしかに難関と言われる学校だね。でも、そこに【入っただけ】でその後に楽ができるだなんて思っていたら、大事故起こすぞ」
「大事故だって笑」
おニューとダブル・オーが顔を見合わせた。
「ずっと頑張るんだよ、ワタシ達は。キミ達は。今は、その努力の訓練をしているんだよ。何度も、何度でも言ってやる。楽になるために今努力するんじゃなくて、息吸うように努力する、その訓練をしているんだ。
─── 将来のために」
「ぉ、おお。なんかズシっと来たよ、ヨシモちゃん」サイキック。
「だろ?頑張れよ。受検生のキミ達が、たかだか宿題くらいでヒーヒー言ってる場合じゃあないんだよ」
「言われなくてもやってるってば!」
お嬢。
「心配性だなあブラちゃんは、のう、相棒」
フランスが後ろを向くと、
「おおよ。任せとけってんだ」
とボクサー。
「ボクも、ヨシモト先生にアドバイスをもらった通り、毎朝早起き・朝活しています!」
「まるちゃん、ブラボーだよ。その努力は、きっとキミの体力になる。
・・・ところで皆さん。よく、努力は裏切らないって言うけど・・・
それも半分位、ウソなんよ、すまんのう」
「ええ!それも~??」
おニューが悲鳴を上げた。
「YES。チャンピオンはひとりなんだよ?参加者が、みんな【努力】していたら・・・」
「あ」おニュー。
「そう。報われない努力は、実はいくつも存在するのさ。
努力は、けして裏切らないわけじゃあ無さそうね。
でも」
子ども達はもう、誰も口を挟まずに、その言葉の先を待っていた。
「うん。でも、チャンピオンはさ、その努力が裏切らないって事を誰よりも信じ抜いて、自分を励ましてやり抜いた奴のことなんだと思う。
他人に何を言われても、自分と、自分がやってきた事を信じて努力を重ねた奴こそ優勝さ。
さて。
今日のチャンピオンは誰だったかな?」
一瞬の静寂の後、子ども達が我も我もと手を挙げた。
「絶対にがんばる」
たえ造がそうつぶやくと、となりのサイキックが、
「おお。負けねえぞ」
と応じた。たえ造は顔を赤らめて下を向いた、が、悪い気はしていないようだ。
教育とは気付きだ。ブラボー先生はニコニコしながら教室を見回していた。
生徒の仕込みは済んだ。後は・・・
ブラボー先生は、パソコンをチラと見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キッチンで洗い物をしていると、サクラコが手伝いに来てくれた。
「お母さん、最近変わったね。なんか、うまく言えないけど、ずっと話しやすくなった」
そう言われて、私はブラボー先生との【保護者授業】を思い出した。
実は、夏期講習が始まってから、ほとんど毎日のようにブラボー先生とLINEでやり取りをしている。
『みなさんそうっすから、お気になさらず、ドカスカ質問や不安を投げてくださいね。あまりにも重そうなら、しなやかにかわします。ダハハ』
ブラボー先生は、最初に面談をお願いした時から一貫して態度が変わらなかった。冗談なのか本気なのか、こちらが悩んでいるのがばかばかしくなるほど、全てを笑い飛ばしてくれる。
『そりゃあそうっすよ。お母さんが受検するわけじゃあないんだから。受けたとしても落ちるでしょうけど・・・年齢制限でプププ』
心配を埋めるために、あれこれと指示ばかりして、母娘が衝突していたのは、この塾に転塾する前の、ついこの間の事だ。
『お母さん。やるもやらないも子ども次第っす。でも、我々がその環境を【作る】ことはできるはず。子どもに命令なんかしたって彼らはやらされているウチは伸びませんよ。さて、我々は何をしたらいいでしょうかねえ?考えてみて下さい』
「ママ?どうしたの?」
娘の声で、ふと我に返った。
「ええ?ううん・・・何よ、今まで話しにくかったの?
・・・うん、まあ正直言うと、気付いてた。でも今サクラコが頑張っている事っては、ブラボー先生から沢山聞いているし、心配して口やかましくお小言をいうことだけがママの仕事じゃないって教えてもらったから。
ママ、応援する。あなたの挑戦を信じて、ママはママの仕事をちゃんとするわ。
今の努力・頑張りは、サクラコの成長に必要だと信じることにしたの。たとえ未来がどうなっても、自分で考える事のできる大人に育ってほしいから」
サクラコは、【今、頑張れば後で楽できる】と言わなかった母を見て、目をまるくした。
「おお。ママ、ブラボーだね」
「あら、あなた、だれかの口調がうつったんじゃないの?」
「・・・!うわ~おえええ~」
ワタシは笑いながら、口を洗う振りをするわが子をとても頼もしく見つめていた。
もうすぐ夏がおわり、いよいよ勝負の2学期が来る。
つづく。
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