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ぽんず物語9

ライター きくちしんいち

第九章 癒しの泉

「王はどちらですか?」
シカの群れにたどり着いた父ギツネは若いリーダーらしきオスジカに尋ねました。オスジカは珍しい物を見るような目でぽんずたち一行をしげしげと眺めていました。
「王に何の用でしょう?」
「この森を通り抜ける許可をいただきたい」
「そういうことでしたか。王はあちらの奥にある泉で傷を癒しておられます。泉の場所はご存じですか?」
「いえ、全く」
そんな泉はぽんずの地図にはのっていませんでした。
「この道をまっすぐ進んでください。かなり奥まったところに泉があります」
「どうもありがとうございます」
「いえ、お気をつけて」
ぽんずたちはリーダーの言う通り森の奥にあるという泉に向かいました。
 森の奥へ奥へと進んで行くとそこには見たこともないように不思議な植物がたくさん生えていました。ぽんずたちはいろいろな植物のツルのようなものをかき分けながらゆっくりゆっくり進みました。
「父さん、こんな狭いところ、でっかいって言うシカの王様が本当に通ったの?」
ゴン太が不安そうに父ギツネに尋ねました。
「そうだな。実に不思議だ。しかしもしかしたら別に広い道があるかもしれない。道はたくさんあるからな」
ブーンっと音を立てて、大きなカナブンみたいな虫がぽんずたちの横を通り過ぎて行きました。ぽんずは思わずカナブンのような虫をパチンと前足でつかみました。それはそれはキレイな玉虫色をしていました。
「おいら、こんなキレイなもの見たことないや」
ぽんずは目をキラキラ輝かせて言いました。美しく輝くその虫を見ているとなんだか食べるのが惜しくなってきました。ぽんずは食べるために虫を捕まえたはずなのに・・・。ぽんずはとても不思議な気持ちになりました。はて?この気持ちはなんだろう?
「それは、美しいって思う気持ちだ」
ためらうぽんずを察して父ギツネは言いました。
「自然のものは全て美しい。ひとつだけ例外があるがね」
「それは何ですか?」
「それは・・・。人間が作ったものだ」
ここでもやはり人間。父ギツネの顔は怒りと憎悪に満ち溢れていました。今まで見たこともないような険しい顔つきでした。
「あいつらは自分のことしか考えていない。他の生き物は皆自分たちのためだけに存在してると思ってる。愚か者だ」
「どうしてそんなふうに思うんでしょうか?」
「それは、自分たちが一番賢いと勘違いしてるからだ」
ぽんずは考えました。はて?どうしたらそんな勘違いができるのだろう?しかしその答えは出てきませんでした。

 しばらく歩いて行くと森が途切れて泉に出ました。しかし目的であるシカの王の姿はどこにもありません。
「入れ違いかな?」
ゴン太が父ギツネに目をパチクリさせながら尋ねます。
「かもなー」
困り果てる父ギツネ。ぽんずもどうすればいいのかわかりません。するとふと気づいたように言いました。
「泉の中かもしれませんよ」
 その時です。シカの王は泉の中から突然現れました。泉から上がったその姿は悠然としていて、ぽんずがこれまでに出会ったどんな動物よりも大きかったのです。3人はびっくりして腰を抜かし、その悠然とした姿に息を呑みました。
「なんの用だ?」
王は堂々と答えます。身体中に傷があり、特に左目の傷が痛々しいのです。
「人間の住む街に行きたいのです。通行許可を頂きたい」
父ギツネはひるまず答えました。王が続けます。
「何のために?」
まただ、また同じ質問だ。ぽんずは少しだけうんざりとしました。人のところに行くというとみな同じことをいうのです。それだけ人は危険なのでしょう。
「ぽんずのためです」
「ぽんず?お前がぽんずか」
ぽんずはどうやら有名人なようです。森のみなが知っています。シカの王はぽんずに向かって言いました。
「お前は人間が憎いだろう。憎くて憎くてたまらないだろう」
「・・・はい」
「人間はたいてい悪い。だが、中にはいいやつもいる」
意外でした。人間の手で左目が見えず、身体中傷だらけ、こうして癒しの泉に定期的に浸からなければ生きていけないシカの王が人の中にもいいやつがいるだなんて・・・。
「昔話をしてやろう」
王は若いころの話を始めました。

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