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レンタルビデオ店 第4話

青天の霹靂
僕が到着したのは河川敷のサッカー場。それも4面もある。いつも来店してくるジャージ姿の美桜は、サッカー部だったのだ。

芝生の上に座った僕は、スコアボードを見て愕然とした。「ち、中学生と試合?」対戦相手は男子中学生だったのだ。スコアボードは0対6で男子中学生が圧倒している。ええっ…弱くない?
美桜の背番号は8。ポジションは左ボランチだ。ボランチは相手の出玉をつぶして攻撃の起点となる重要なポジション。体格差はそこまでないけど、やはりスピードとパワーは男子中学生の方が上回っている。

残り5分。DFのクリアミスを美桜がダイレクトでシュート。ゴール右隅に決まった。かなり強烈なシュートだった。ナイス。
だけど1点を返すのが精一杯だった。

試合後、美桜が近寄って来た。
「ナイスシュート」
僕は美桜の肩を叩いた。叩いた僕の手を美桜が弾いた。
「ありがとうございます。見ての通り、男子中学生に大敗です」
美桜が苦笑いを浮かべた。
「まあ通常は男女で試合はしないわけだから。いつもはどうなの?」
「大学女子サッカーは関東では18チームあって、最下位です」
美桜が唇をとんがらせた。つまり、美桜の大学はべべだ。
「まだ3年生だし…もう1年あるじゃん」
ちょっと励ましてみる。
「3年生は年内で引退なんですよ」
「まさか…これが最終戦?」
「はいッ」
美桜が泣き出した。
お、面白過ぎる。だって3年間一生懸命にサッカーに打ち込んできた結果、チームは18位のべべ。それも最後の引退試合で1対6の大敗。それも男子中学生にだ。せめて他の大学と引退試合ができなかったのだろうか? それに引退試合まであと1ヶ月ある。これは監督に直訴した方がいい。

「それミサンガ?」
美桜の右足首についているミサンガは赤色だ。
「知ってるんですか?」
真っ赤な目をした美桜が言った。
「知っているも何も、俺も昔つけていたから。利き足のミサンガは、友情を叶える色で、赤色は勇気を表す色だったかな」
「へえ~初耳です。みんなにも教えとこ♪」
ちょっとだけ美桜が笑った。立ち直りが早い。
「今日の美桜のシュート。近い将来、絶対役に立つ日がくるよ」
「本当に? 本当にそう思います」
美桜がのぞき込んでくる。
「本当だよ」
僕はそう言うと、ペットボトルのスポーツドリンクを美桜に渡した。
「ありがとう。TAKAYUKIさん、今日はアルバイトお休みですか?」
「今日は13時から」
「またレンタルしに行きます」
美桜はいつもの状態に戻っていた。
美桜はペットボトルを持つと、空に向かって「思いっきりシュートしたい!」と叫んだ。僕の左耳の鼓膜がじーんとなった。

12時55分。
お昼にたぬき蕎麦と半カレーを食べた僕は、レンタルビデオ店に到着した。自動ドアが開いた。
「な、なんだこれは………」
店内の棚が全て倒れていて、床にDVDが散乱している。地震でもあった? 僕はすぐさま自動ドアの電源をオフにした。恐る恐る店内を進んで行く。防犯カメラ2台も床に落下して破損していた。
「哲!」
哲がレジカウンターの中で倒れていた。
「どうした? 店長は?」
哲の右頬が紫色に変色している。
「だぶん、トイレの中です」
レジは2台とも閉まっているけど、ディスプレイ画面は割れている。パソコンは無事。金庫も閉まっている。
僕はトイレのドアを開けた。
店長が便器の上に座って俯いていた。
「店長?」
僕の呼びかけに、店長がゆっくりと顔を上げた。
店長の顔は膨れ上がり、血が滴っている。
「TAKAYUKI君、悪いけど、自動ドアを…」
「オフにしました。何があったんですか?」
「臼井だよ…あいつが仲間を連れてやってきたんだよ」
店長は新作DVDが入荷すると、必ず臼井に電話をしていた。いつの間にか約束事になっていたらしい。臼井は来店する度にレジカウンターに置いてあるチラシを持って帰るくらい新作を楽しみにしているのは僕も知っていた。今回はたまたま店長が電話連絡を忘れただけなのに、しびれを切らした臼井は仲間を連れて乗り込んで来た。もはや堅気の人間がやる行為ではない。臼井は狭い台所の隅でウロウロしているゴキブリ以下だ。

店の電話が鳴った。僕の心臓が跳ねた。
僕は急いで受話器を取った。
「おうわしや。お前は誰や?」
この大阪弁とだみ声は、臼井以外にいない。僕は電話機の右下にある赤いボタンを押した。
「アルバイトの者ですけど」
「まだ他におったんか。店長を出せやッ!」
臼井が脅してくる。いつもの手法だ。
「お、お話しなら僕が聞きます。いま店内はごった返していますので」
僕はお腹に力を込めて言った。震える声を出してしまえば臼井の思う壺だ。
「何を偉そうにクソガキが………そやけど、あれだけシメたら電話にも出られへんか。ひっひっひっ」
臼井の気味の悪い笑い声が続いた。
「臼井さん、あなたがやったのですか?」
「他に誰がおんねん、ド阿保。兄ちゃんに伝言や。3日後に取りに行く。それまでに必ず用意しておけと髭にゆうといてくれ」
「な、何を用意すればいいのですか?」
「それは出来損ないの髭店長に聞けッ! 調子のんなクソガキ。ええな、あと3日やぞ」
電話が切れた。
僕は受話器を戻すと、赤いボタンをもう一度押した。

僕は人生で初めて、自分が怒りに震えていることに気づいた。


【最終話につづく】

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