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教員は「感情労働」のため、精神疾患になりやすい?

 文部科学省の統計:「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」:文部科学省 (mext.go.jp) によると、
令和4年度、公立学校の「教育職員の精神疾患による病気休職者数は、6,539⼈(全教育職員数の0.71%)で、令和3年度(5,897⼈)から642⼈増加し、過去最多」になったとのことです。

 近年の学校現場の人手不足、無理難題を言うモンスターペアレンツの増加、学校のICT化、新型コロナへの対応、長時間労働等、様々な理由が考えられるが、最大の理由は教員の仕事の多きな部分が「感情労働」であるからです。

 アメリカの社会学者、アリー・ホックシールドは、『管理される心 ─ 感情が商品になるときー』で、客室乗務員への調査を通し て「感情労働は労働者に心理的負荷を与え、精神的 な変調をもたらす」と初めて主張した。

 感情労働とは、「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行う感情の管理であり、賃金と引き替えに売られる交換価値を有する労働である。さらに、感情労働が求められる職業に以下 3 点の特徴があるとしている。
 ①対面あるいは声による顧客との接触が不可欠である。
 ②他人の中に何らかの感情変化―感謝の念等―を起こさせなければならない。
 ③雇用者は、研修や管理体制を通じて労働者の感情活動をある程度支配する。」----出展:「日米の客室乗務員とジェンダー ―感情労働の研究動向を足がかりに―」 長船 亜紀子 (千葉大学人文科学研究院 特別研究員)https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/107775/355-P001.pdf

 教員は成長途中の子どもに毎日接し、知識や技能を教えるだけでなく、意欲・関心態度なども含んだ「人間としての良きモデル」であることが期待される。
 そのため、採用では面接が重視されるとともに、その人事に関しては、新聞紙面に掲載されるなど、市民の関心も高い。
 保護者からも、社会人としての品位を求められる。若手女性教員の服装や化粧が、PTAの席でで話題になることも度々である。
 教員も当然、そのような「立派な人格者」であることを期待されていることを認識するとともに、子どもに対しても、善行を行うように教え、諭すことが期待されている。個人的に「何もそこまでしなくても」とか、「その程度のことに目くじらを立てなくとも」と本心で思いながらも、保護者や管理職の要望や指導の元、「当然正しいこと」と思っているふりをして、子どもに厳しく接しなければならない。
 子どもに接する際の、「表面的な感情」と、「自分の本心」との間に、乖離が生じることは教員として働くうえで当然のことである。しかしながら、理屈では理解しても、少しずつ、澱のように納得のいかなさが積む重なっていく。これが、客室乗務員や、看護師のように、時間を区切って、仕事のことを100%忘れることができる他の感情労働の職の場合とは異なり、教員は「学校の仕事の持ち帰り」は普通茶飯事、土日も部活動や授業の準備で忙しい。たまの休みでさえ、街に出かけると生徒や保護者とバッタリ遭遇し、そのたびごとに教員としての顔に戻らなければならない。スキを見せようものなら、休み明けの学校で、「〇〇先生、日曜日は△△に行っていたでしょう!」と学校中の生徒が話題にする有様だ。そのため、「生徒や保護者の性格圏には足を踏み入れないことにしている」と豪語する教員も少なくない。
 以前は、同僚の教員や先輩教員と飲みに行き、憂さを晴らすということが職場の日常であったが、特にアフターコロナでは、飲み会もほとんどなくなり、また、仕事も多忙になり、「困っている同僚のサポートをする余裕もない」というのが正直なところである。
 同僚と話をするようなそんな余裕があるのであれば、働き方改革達成のため、一刻も早く帰れと管理職から言われかねない。
 休職者数6,539⼈は氷山の一角。
 そもそも、本当に教員は人格者である必要があるのでしょうか?
 教えるのが上手なだけで、人間としては最低な人が教員になってはいけないのでしょうか?
 だらしなくて、いつも遅刻して、格好が悪いそんな人が教員ではだめですか?そんな人、以前はたくさんいたような気がするのは、わたしだけ?????
 

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