(2/2)危機の構造(小室直樹著)を読んで

では以上(1/2)に記述したようなアノミーはこれからどうなっていくのでしょうか?
アノミーが構造的であるため、拡大再生産していきます。
時代は高度経済成長期です。敗戦直後の焼け野原から復興し、1970年代にはテレビや車といったモノが溢れるようになりました。戦後吉田内閣のもと、国防という意味での安全保障をアメリカに任せ、1ドル360円という固定為替相場制という国際経済の中(ブレトンウッズ体制)、有利な条件で日本は経済に注力でき且つ経済的に豊かになる事が広く国民の目標として認識されていました。現代人から見ると、イケイケドンドンのいい時代だなあと思いますが、一方で公害問題、大学問題、テロが頻発しており、1970年代にはニクソンショック、石油危機でスタグフレーションの状況です。もはや1970年代には経済成長をしても幸福にならないことが共有され始めます。
どんな空想的なSF作家でさえ描けなかった経済成長は、あまりに急速な生活水準の上昇を伴い、その新環境への適応は上述(1/2)した単純アノミーとなります。具体的には一方では車やテレビといった一昔前には高嶺の花であったモノが手に入り、他方では公害や交通渋滞、住宅不足といったシビルミニマムが脅かされます。そこに急速なインフレがあるとそれだけで人々は生活への挑戦と受け取られ、心理的不安は増します。このように新環境の適応は二重構造を有しています。
より重要なのは、この単純アノミーは構造的であり、不断に拡大再生産されるということです。
前提として、耐久消費財が一巡するようになると人々の消費は物的欲望よりも社会的欲望においてなされます。消費における効用関数が、コミュニケーションによって変化し、モノよりも記号を消費します。例えばデモンストレーション効果ですと、隣人や知人が買ったという理由が最大の購買動機になっています。
このデモンストレーション効果が日本の特殊な社会構造においてどのような役割を果たすか。一般的には自分より高い消費水準の人々の生活を見ることで効用が低められ、自分より低い消費水準の人々を見ることにより効用が高められます。ただし、日本においては上述(1/2)したように共同体が内と外に峻別され、共同体外に自分より消費水準の低い人たちは目に入らず比較対象になりません。一方これも上述(1/2)したように、共同体内における人間関係は全人格的であるため、共同体が要求する消費水準は共同体内での地位を維持するために不可欠であるとされます。その共同体が要求する消費水準は、極度に発達したマスコミによって理念化され高められます。それが繰り返し喧伝されると比較基準となり、国民の達成目標となります。
日本におけるデモンストレーション効果は非対称であり、下は不変でありながら、上は常に上昇の可能性をはらむ。常に上昇する目標達成は一種の社会的義務であり、たえず遂行を迫られます。そのためには必死になって働くほかありません。それで生活水準が上昇しても共同体全体がそうであるので、また高い消費水準が求められガムシャラに働くことになる・・・。ただでさえ深刻なアノミー状態において、自己の位置を発見するにはそうせざるを得ないのです。そしてその行為がまた単純アノミーにつながる=拡大再生産図式です。

まとめます。
天皇の人間宣言によって生じた権力の空白が急性アノミーを引き起こし、そのことの帰結として機能集団が運命共同体となったのでした。確かにそれは高度経済成長を支えました。しかしただでさえ高度経済成長による急速な生活水準の変化が単純アノミーにつながるのに、機能集団が共同体になったがために、共同体の成員が持つ二重規範が近代人に要求される行動原理と比して不合理な選択をし、加えて非対称なデモンストレーション効果によってその単純アノミーが拡大再生されるようになります。アノミー状態になることで、人々は合理的な判断ができず、抑うつ的になり、精神病を患ったり、破壊行動に出たりする。
これが危機の構造です。

これまで『危機の構造』について記してきました。わかりにくい部分もあったかと思います。仮にそういう部分があったとするならば、おそらく私自身この本をまだ自分の中に落とし込めていないからでしょう。この本は戦後の高度経済成長がどのような時代であったかを知り、我々がどのような社会文脈の中に立っているかを知る重要な本なので、またいつか再読したいと思います。
私が思うにこの本は上記のまとめをもっと圧縮してしまうと組織集団が運命共同体になることによって、共同体の成員が二重規範を持ち、それが様々な弊害(1/2)①~③を生む事にあると思います。ズバリ二重規範です。
この本で前提としていた共同体が、既に空洞化している現代において、そこに生きる我々にとって危機の構造で述べた日本社会の分析はどの程度有効なのでしょうか?このことはまた機会を改めて書きたいと思います。

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