Ein dunkler markgraf~沙漠のステージ

 真夏の灼熱に弱る躯を宥めるために午睡と洒落込む。庭先の木々の水脈が、在るはずのない血脈と呼応する。寝入り端、木々の水脈に意識が乗って地下を巡り、その最果てに辿り着いた。それは蜃気楼と呼ぶには輪郭がはっきりとしている、沙漠にポツンと浮かんだ石造りの舞台だった。
 砂漠の果てから徐に近づいてくる二つの影。近づくにつれて、日除けの白い上衣を纏った若い男女であることが見て取れた。懐かしい歌のように、駱駝に乗ってはるばる砂丘を越えて来たのだろうか。ーこの舞台に呼ばれて。
 砂の流紋が時を刻み、この蜃気楼の空の色も、刻一刻と変化していく。やがて先程の一対の恋人達が舞台に辿り着き、砂まみれの白い上衣を脱ぎ捨てた。眼にも鮮やかな、目映く煌びやかなアラブ風の衣装が風にはためく。

 庭先の木々が風に騒めく。沙漠の虚空が深い赫に染まっていく。その夕闇の中、幕開けとともに恋人達が愛し合うように踊り始める。まるで今ここでしかそうできないかのように。この最果ての沙漠のステージの上だけが自分達の世界なのだと。
 恋人達の覚悟に見惚れていると、空の色が深い赫から紫、そして藍色に変わっていった。遠くに淡く輝く月は深海からから覗いているかのように蒼い。その月へと向かうように空の上を舟が滑る。後へ残る雲は波頭か。
 恋人達はこの舟に乗って沙漠へ降り立ち、祝福のつま弾く音色に迎えられたのだ。リュートの調べに操られ、恋人達は踊り続ける。沙漠のステージの上で、果てよとばかりに。
 彼らはきっと、手に手を携えて「ここ」に辿り着いたのだろう。今この瞬間が、きっと彼らの全て。だからこそ美しく光り輝く。

 淡い金と銀の魂が、月の傍らで二つ並んで輝いている。沙漠のステージをいつまでも見つめるように光り輝く。
 二つの影が静かに砂丘を越えていった。

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