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ただお母さんにほめてほしかっただけ

ワタシの今世の目的は、ただこれだけなのかもしれない。

以前ワタシのカウンセラー、ミカ先生に
あなたは今世、何を得たくて生まれ変わってきたのか?
というセッションを受けたことがある。

その時、ぽんと頭に浮かんだのは

自己肯定感!というものだった。

自分でもちょっとびっくりというか、え、そうだったの?という感じ。

でもワタシの人生ふりかえってみて
ずっといい子をしてきたのは
母に認めてもらいたかったから

どんなに強がっていても
結局はそこにたどり着くのだと気がついた。

あなたは役に立っている
価値があるんだと

他ならぬ、お母さんに思ってほしかった。

なんでなんでしょうね?
刷り込みみたいなもの?
生存本能?

逆に言うと
お母さん以外の人にはあんまりどう思われようと気にならないというか

ににくんが4月からオルタナティブスクールに通いだし
普通小には週一回くらいしか顔をだしていないのですが

同じクラスのお母さんと顔を合わすと
なんかこう
ものすごおおく気を使ってくれているのを感じる。

どうもににくんは不登校になって
フリースクールに通っている、ということに
なっているらしい…

んー、まあ半分はあっているというか…
でも根本的には違うというか

勉強しかしない学校が合わなかったににくんが
オルタナティブスクールの体験会に行ってみたところ
そこをいたく気に入ったため
4月半ばからそこに通っているけれど
ものすごく元気いっぱいにそこで学んでおり

ワタシ的にはそんな悲観的なものではない。
まあ世間的には残念なことと思われることなのかもしれず
それに対して説明するのもまあ、いいか、という感じに
ワタシの中ではなっていて

あんまり世間にどう思われるのか気にならない。

でもこれが、母となると全然違ってくる。

ワタシは母に、ににくんの学習障害が知れるのが恐ろしくてならない。
知られたら最後、どんなに悲観され、嘆かれ、悩まれ
心配で心配で眠れなくなった!
と言われるか。
なお悪いことは
彼女が学習障害にぴったりの勉強方とういうものを調べてきて
ににくんの気持ちを考えずに、あたなの為だからと
もうすごい勢いですすめてきそうなのがもう

ホラー映画よりおそろしいです(笑)

母は勉強をことのほか重視していて
良い大学、良い就職先、終身雇用、幸せとはこに極まれり
という考え方の人なので

どうにも
見解の相違というか
人生観の違いというか
ジェネレーションギャップだ。

そんな母にワタシはほめられたかった。

なぜ?
それくらい、お母さんというのは子どもの中で
大きいのだろう

自分が産まれてきた大元に
認めてもらえないのは
がっかりされるのは辛い

逆に言うと
世間になにと言われようと
お母さんにさえほめてもらえれば
あなたは価値がある、と言ってもらえれば
それだけでもう、大丈夫なのだと思う。

そんな魔法をかけていれば
子どもはそれだけで大丈夫なのだと
ワタシは楽観的に思っている。









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