心気予報士 第3話

〇教室
   背面黒板に『折戸フェスまであと17日!』と書いてある。
   段ボールにペンキを塗ったり、木材を金づちで叩いたり、生徒らが
   学園祭の準備をしている。
   晴空と五月がおりがみを切って花飾りを作っている。
晴空「あー。飽きた」
五月「仕方ないでしょ。ジャンケンで負けておりがみ係になったんだから」
晴空「ああいうのが良かった」
   大工仕事をしているクラスメイトの男子Aを見る晴空。
   おでこにタオルを巻き、制服の袖をまくっていきいきと作業してい
   る。
   Aの周りにいる陽キャっぽい女子たちがクギを渡したり木材を支えた
   りとキャキャッと楽しそう。キラキラと輝いて見える。
女子B「この角度でどうかな♪」
男子A「もっと右で頼むわ」
女子C「クギの目印ここにつけるよー☆」
   机にたまったおりがみの山を見てため息をする晴空。
晴空「あとこれ何枚くらい切るの?」
五月「千枚くらい」
晴空「千・・・」
   はさみを机に置く晴空。
晴空「・・・いや、これ無理っしょ。終わる気がしねーもん。やるの実質俺
 と五月の二人だけよ?本当は三人なのにさ」
   3台くっついて並べられた机の、1つの空席を恨めしそうに見る晴
   空。
晴空「緑川さん、もう1週間休みじゃない?どうしたの?インフル?コロ
 ナ?」
五月「さあ。知らない」
晴空「病気にしたってさすがにもう熱下がってるっしょ。このままだと終わ
 らないから緑川さんにおりがみ届けて家で少しでもやってもらおうぜ」
五月「家知ってる?」
晴空「先生に聞いてくるわ」
   教室を出ていく晴空。
五月「さぼりたいだけのやつ」

〇道路
   おりがみの入った手提げを持って歩いている晴空と五月。
五月「一人で行けばいいのに」
晴空「先生が女子の家へ男子一人で行くのはダメって言うから」
五月「ボク女子枠なの?」
晴空「悪い。俺はそうは思ってないけど生物学上、なあ」
五月「・・・生きづら」
   ちょっと暗くなる五月。
晴空「まあさっさと渡して早く帰ろうぜ!」

〇緑川家・玄関
   塀で取り囲まれた立派な豪邸である。
   門構えを見て気後れしている晴空。
晴空「超金持ちじゃん。いいな、俺もこうなりたい」
   インターホンを押す五月。
インターホン超しの声「はい」
五月「折戸高校クラスメイトの四月と申します。学園祭で使う材料をお渡し 
 したいので持ってきました」
インターホン越しの声「伺います」
晴空「母ちゃんかな?声キレイ。シュッとした美魔女出てきそう」
五月「家の方が出てくるから失礼なこと言わずに黙っててよ」
紅の声「ごめんなさいね、お待たせして」
   緑川紅(みどりかわべに・46歳)が門から出てくる。高級そうな衣
   服を着ているがかなりの肥満体型である。
晴空「Oh・・・」
五月「これが材料です。作り方は中に書いてあるので、それを読んで作って
 もらいたいです。でも学校を休んでらっしゃいますし、無理せず作れる範
 囲で大丈夫だとましろさんにお伝えください」
晴空「(手提げを紅に渡して)これです。それでは失礼します」
   一礼をして、帰ろうとする五月と晴空。
紅「あ、ちょっと待ってくれるかしら」
五月「はい?」
紅「その・・・あなたたちクラスメイトよね?ちょっと聞きたいことがある
 から家の中でお話を聞かせてくれないかしら。ゆっくり美味しいケーキで
 も食べながら」
晴空「(ケーキ!)いいですよ」
   晴空に冷ややかな視線を向ける五月。

〇同・客間
   高そうなティーカップセットとケーキが置かれたテーブルで向き合っ
   ている紅と晴空・五月。
   ケーキをおいしそうに頬張っている晴空。
紅「お味はいかが?」
晴空「食ったことが無い味がしておいしいです」
紅「ほほほ。元気でいいわね。娘もこれくらい元気だと良いのだけれど」
五月「学校長く休んでますもんね。体調が心配ですね」
紅「うーん・・・。実は熱も無くてなにかの病気ってわけではないのよ。で
 も急に朝起きなくなって部屋にこもるようになってしまって・・・その頃
 から部屋で何かバタバタ動く音がするようにもなって、気にはなるんだけ
 れど思春期の娘の部屋に親が介入するのも躊躇してしまうのよね」
晴空「ストレスが溜まって何か殴ってるんすかね?」
紅「食事もほとんど残して食欲も湧かないみたいなの」
晴空「休みが長いから俺てっきりコロナだと思ってました」
紅「だから学校で何かあったのかな、って私としては心配しているところな
 の。同じクラスなら何か知ってること無いかしら。イジメ、とか・・・」
晴空「いや、そういうのは全く・・・なあ?」
五月「ましろさんは明るい性格で友達も多くて中心的存在でした。イジメら
 れているのは見たことがないです」
紅「じゃあ何が原因なのかしら・・・思春期でデリケートな時期だから親が
 矢鱈に聞き出そうとするのもダメな気がして聞けずに困ってるのよ」
晴空「テストの点数とか恋愛とかで落ち込んで俺もうつっぽく落ちる時あり
 ますよ」
紅「あの子もうつなのかしら・・・」
晴空「人それぞれっすけどね。ケーキごちそうさまでした。じゃあ俺たちそ
 ろそろ」
紅「帰る前にあの子に一声かけてあげてくれないかしら。クラスメイトと会
 ったら少しでも元気が出ると思うの」

〇同・ましろの部屋前
   部屋の中からドタバタ音が聞こえる。
   扉をノックする紅。
紅「ましろ。クラスメイトの四月さんと逸茂くんが学園祭の荷物持ってきて
 くれたから入るわよ」
ましろの声「ちょっと待って!」
   しばし間があってドアが開き、緑川ましろ(16歳)が顔を出す。
   肩で息をしていて苦しそうなましろ。額には汗。
晴空「具合悪そうだけど大丈夫?」
ましろ「ハア、ハア・・・あ、うん・・・大丈夫」
晴空「文化祭までまだ3週間くらいあるから、体治して自分のペースで来れ
 ばいいよ。絶対元気になるからさ」
   晴空、気を遣っている感じでましろに不自然なウィンクをする。
ましろ「逸茂くん、いつもと感じ違うね」
晴空「(慌てて)そう?いつもこうだけど」
五月「なんかキモイよ」
ましろ「あ、四月さんも来てくれてたんだ。わざわざありがとう」
   五月、ましろをじっと見る。
   ましろの上は曇り空。
五月「文化祭は来れそう?」
ましろ「うーん・・・頑張ってみる」
五月「そう。待ってるね」
晴天「(熱く)クラスみんな待ってるからさ!元気出せよ!」

〇同・階段
   階段を降りている五月、晴空、紅。
紅「娘に温かい声かけしてくれてありがとう。娘も暗い気持ちがちょっと明
 るくなったと思うわ。私もできることは無いかやらなくちゃ。一度、心療
 内科に連れて行ってみようかしら」
五月「その必要は無いと思います」
紅「え?」
五月「心療内科じゃなくて、ダンススクールとキックボクシングジムに入会
 させてあげてください。そして毎日連れて行ってあげてください」
紅「ダンス?キックボクシング?それも毎日?」
晴空「俺聞いたことあります。うつの人は引きこもって体を動かさないから
 余計うつがひどくなるんですよ。汗かいて無理やりにでも体を動かせば心
 も体も元気になるらしいです」
紅「そういうことなのね」
五月「出来ればましろさんだけでなく、お母様も一緒にやってもらった方が
 いいです。同じ動きや辛さを一緒に体感することで娘さんともいい関係性
 が育ちますよ」
紅「そうよね・・・。母親の私が一緒に入った方が心細くなくていいもの
 ね。解ったわ。早速入会します」
五月「これできっとましろさんの気持ちも晴れると思います」

〇キックボクシングジム
   コーチの指導を受けながらサンドバッグをキックしているましろと
   紅。
紅「はあ、はあ、キツイ」
ましろ「お母さん頑張って!」

〇ダンススクール
   他のレッスン生らと混ざってましろと紅がダンスをしている。
   キツそうだが、ましろと紅が時折目を合わせて楽しそうにしている。

〇学校・体育館
   大勢の生徒たちと一般客がステージを見て盛り上がっている。
   ステージではK-POPアイドル風の衣装を着たましろが歌い踊って
   いる。
ましろ「みんな元気ー!?」
観客「元気ー!」
ましろ「私も元気ー!!」

〇体育館舞台袖
   ステージを終えたましろに五月と晴空がタオルとポカリを差し出す。
晴空「お疲れ!踊りキレキレでめちゃくちゃ上手いじゃん」
ましろ「痩せたから体が超動きやすくてさ!ダンスレッスンも効いたし」
晴空「うつだったとは思えないダンスだったね、あれは」
ましろ「うつ?」
晴空「違うの?」
ましろ「違う違う。ダイエットしてたんだよ。ダンスでエントリーしてたん
 だけど、ステージ衣装が入らなくて(笑)。ウチ親が太いじゃん?ダイエ  
 ットしたい、って言いづらくて部屋でこっそり動画見てダイエットストレ 
 チしまくってたの。食事も減らしてたせいでだんだん疲れで朝起きれなく
 なって学校休みがちになっちゃってただけだよ」
晴空「そうなの!?うつなんだと思って超心配してたわ!五月も見えてたん
 だろ?俺には教えてくれたら良かったのに」
五月「女子のダイエットを男子に言うわけないじゃん」
ましろ「痩せたし、ダンスは上手くなるし、全部四月さんのおかげ!ありが
 とう!」
五月「お母さんも今日のステージ見て喜んでるだろうね」
   舞台袖から体育館の方を眺める五月、晴空、ましろ。
紅「ましろ最高ー!」
   ペンライトを回し、未だに興奮している紅。以前より少し痩せた姿。
晴空「あれ!?痩せてる!」
ましろ「お母さん、5Kg痩せたんだ」
五月「健康診断でいつもメタボで引っかかってるのが見えてたから・・・つ
 いでにね」
晴空「スッキリ解決したなー」

   おわり

   
   
   



   


   


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