心気予報士 第2話

〇路線バス
   十数人ほどの乗客が乗ったバスの車内。
   二人並んで座っているカジュアルな私服姿の晴空と五月。
   晴空が、あるラーメン屋のレビュー記事をスマホで見ながらワクワク
   と嬉しそうにしている。
晴空「★★★★レビューよ?絶対旨いじゃん。あー!何喰おうかなー。今の
 気分的には味噌なんだけど、ここは豚骨醤油が有名って書いてあるしさ
 ー。安パイとって豚骨醤油行っとくべきか・・・五月は?」
五月「チャーハン」
晴空「いや、だからラーメンが旨くて有名なんだって。行列に並んでる人全
 員ラーメン頼むって。なんで米」
五月「食べたいから」
晴空「ブレねー!レビューに踊らされてる俺がバカみたいじゃん」
五月「人それぞれだからいいんじゃない?ねえ、あと何分くらいで着くの」
晴空「20分くらい」
五月「寝るには微妙な時間だな」
晴空「そもそも友達といるときに寝るなよ」
バス運転手の声「次は一乃松、一乃松に停まります」
   一乃松停留所に止まるバス。
   抱っこ紐の中で眠る松原健太(0歳)、松原翔太(まつばらしょう
   た・4歳)を連れた松原舞(まつばらまい・27歳)がバスに乗り込
   んでくる。
   車内をキョロキョロ見回す翔太。
翔太「(大声)一番前の席空いてなーい!」
舞「(口に人差し指をあて小声で)お口『シー』だよ。一番後ろの席は空い
 てるでしょ。ホラ、あっち行こうね」
翔太「えー!後ろは運転手さん見えないのにぃ!」
舞「(小声)いいから」
   不機嫌そうな翔太を無理やり引っ張って一番後ろの席に座る舞。
翔太「見-えーなーいー!」
舞「(小声)シー!」
翔太「つーまーんーなーいー!」
舞「(小声)シー!シー!」 
   舞のすぐ前の席に座るガラの悪そうな青松ヒカル(あおまつ   
   かる・25歳)が迷惑そうに舌打ちする。
   萎縮する舞。
バス運転手の声「発車致します」
   出発するバス。
晴空「ママって大変だな」
五月「少子化の今には偉い存在なのにね」
翔太「ママー!ヒマー!」
舞「ほら、ゲームやろ。ね?」
   舞、スマホを翔太に渡してゲームアプリをさせる。
   スマホの画面をポチポチと触り遊び始める翔太だったが、すぐに飽き
   る。
翔太「音ないとつまんないー!」
舞「家じゃないの、ここは。お願いだから静かにして、ね?」
   音量ボタンを操作して音量大にする翔太。
   一瞬うるさくなる車内。
舞「(慌てて音量を戻し)ママ怒るよ!」
翔太「すぐおーこーるー!!ヴァアアア!(泣)」
   車内に響き渡る翔太の泣き声。
   乗客たちが次第にイライラしだす。
   青松、席を立って舞を睨みつける。
青松「うるせーよ!!ガキを静かにできねーなら家にこもってろよ!迷惑な
 んだよ!!」
   青松に驚いてさらに泣き叫ぶ翔太。
翔太「ビャアアアアアアアア!!!!!!(大泣き)」
   涙目になって俯く舞。
舞「すいま・・・せん」
   車内の険悪な空気に震え上がっている晴空。
晴空「どうにかしてあげたいけど、相手が・・・(青松をチラリと見て)。
 あんな怖そうな大人、俺には手に負えない!どうしたらいいんだ
 よ・・・五月ぃ」
五月「ボクもさすがにあんな怖そうな人に何も言えないよ。とりあえず待っ 
 て。読んでみる」
   振り返って舞、翔太、青松の三人に目を凝らす五月。
   舞・大雨、翔太・大雨&台風、青松・稲光。
晴空「どうだった?」
五月「止みそうにないね」
晴空「ジーザス!あの怖い人と渡り合える強い人、バスに乗ってない?」
   他の乗客を見回す五月。
   乗客全員どんよりの曇り空が停滞している。
五月「みんな嵐が過ぎ去るのを待つ、ってタイプの大人しい人しかいない
 ね」
晴空「ああ・・・怖い人早く降りてくれたらな」
五月「怖い人じゃなくて怒った原因をどうにかすればいいのかも」
晴空「あの親子を早く降ろすの?」
五月「目的地じゃない場所で降ろすなんて可哀想なことしないよ」
   翔太を注意深く見つめる五月。
五月「あ、これだ」
   閃いて、自分のカバンから2枚のメモ用紙とペンを出す五月。
五月「ボクらが降りる停留所ってどこだっけ」
晴空「八満」
   五月、メモに文字を書く。

〇1枚目のメモの文字
   はちまん   

〇路線バス
   メモに記入された文字を見て不思議そうな顔を浮かべる晴空。
晴空「降りる所忘れないように書いてんの?」
五月「車内平和のため」
   五月、もう1枚のメモ用紙に文字を書き出す。

〇2枚目のメモの文字
   【降りる停留所の名前をこの注意事項のメモとは別の紙に『ひらが
   な』で書いてください。車内の静けさと、あの親子を守るためです。   
   書けたら次の人へメモとペンを回してください。ご協力おねがいしま   
   す】

〇路線バス
晴空「伝言ゲーム?」
五月「まあそんなとこ」
   五月、前の席の乗客にペンとメモを手渡す。
五月「おねがいします」
乗客A「なんでしょうか」
五月「メモ読んでください」
   乗客A、メモを読んで『よつや』と書いてさらに前の乗客Bへ回す。
   その後もB→C→D・・・と回されていき、五月のところへメモが戻
   ってくる。

〇メモの文字
   はちまん
   よつや
   さんぞうご
   ごじょう
   ななつじ
   じゅうしまつ
   むつみ
   あいきゅう
   たいれいじんじゃまえ

〇路線バス
   メモを見て安心する五月。
五月「良かった、結構書いてある。これだけ集まれば十分だ」
晴空「暗号?」
五月「ちょっと行ってくる」
   席を立ち、まだベソをかいている翔太の元へ近づく五月。
   青ざめてペコペコと謝る舞。
舞「ごめんなさい、ウチの子がうるさくて。ご迷惑をかけてしまって本当に
 ごめんなさい、ごめんなさい」
五月「いえ、文句を言いに来たわけではなくてお子さんに用があって来たん
 です」
舞「?」
翔太「グスン、ううう(泣)」
五月「バスがつまらなくて嫌なの?」
翔太「(うなずく)」
五月「じゃあゲームしようか」
翔太「ゲーム?」
   メモを翔太に渡す五月。
   たどたどしくメモの文字を読む翔太。
翔太「はちまん、よつや、さんぞう・・・」
五月「すごいすごい、よく読めるね」
翔太「(少し泣き止んで)まあね」
五月「この文字をね、運転手さんが『次はよつや、よつやです』っていう風
 に言うときがあるんだ。それでこの文字と同じことを言った時はボタンを
 押すの」
翔太「ボタンってどれ?」
五月「押すと光るこのボタン」
   バスの降車ボタンを指さす五月。
翔太「今押してみていい?」
五月「ダメダメ。このメモに無い文字の時に押すのは失格」
翔太「失格はヤダ」
五月「同じ文字かどうか、運転手さんが言うのをちゃんと聞いてないといけ
 ないから静かにしてないと聞こえなくて負けちゃうよ」
翔太「うん。しずかに聞くから大丈夫!」
五月「あと大事なのは、他のお客さんよりも早く押すこと。先に押されても
 負け。早押しクイズだからね」
翔太「早押しかー」
五月「他のお客さんの動きとメモを見るために席に座ってじっと見てないと
 勝てないよ」
翔太「見る!」
五月「じっとして、静かにするのが勝つコツだよ。できるかな?」
翔太「できる!」
五月「一番後ろの席の人は、このゲームで有利だからラッキーだったね。だ
 って、一番後ろだと他のお客さんの動きがよく見えるでしょ?いいなあ」
翔太「へへ!いいでしょ!」
五月「ゲームを始める準備はいいかな?」
翔太「いいよ!」
五月「よーい、どん」
翔太「・・・」
   翔太、急にじっとして静かになる。
   翔太を見て驚く舞。
舞「すごい・・・静かにしてる」
   静かになった車内にホッと安堵する乗客たち。
バス運転手の声「次は八満、八満」
   急いでメモを見る翔太。
   『はちまん』という文字を見つけて降車ボタンを誰よりも早く押す。
バス運転手の声「八満に停まります」
翔太「(小声)勝った!」
   嬉しそうな翔太。
   大人しくしている翔太を見て、舞も嬉しそうに笑顔が戻る。
   その様子を晴空と五月が見て。
晴空「あの小さな子に行くとは思わなかったね。ママか怖い人をどうにかす
 るのかと思ってた」
五月「男の子がつまらない、遊びたいって伝えてるのが見えたから遊んであ
 げたかったんだ」
晴空「原因が解決して怒っている人も黙るし、その原因も黙るゲームか。こ 
 んなの考え付くなんて五月、ゲームの達人じゃん」
五月「みんなの協力プレーが無かったらクリア出来なかったよ」
晴空「名前も知らない人と協力してるのがオンラインゲーム感あって途中ワ
 クワクしたな。紙に書くとかアナログなゲームだったけど。あ、アナログ
 グのゲームと言えばさあ・・・」

〇停留所・八満
   路線バスが止まり、扉が開く。
   が、誰も降りずにバスが発車する。

〇路線バス
晴空「・・・でさー(話に夢中)」
五月「もうゲームの話はいいって。そろそろお腹すいたけどまだ?」
晴空「あ!!」
   晴空、車窓から外の景色を見る。
   行列が出来ているラーメン屋の横を通り過ぎていくのが見える。
   五月もラーメン屋に気が付く。
五月「今のラーメン屋って」
晴空「言うな」
五月「今日の目的地じゃない?」
晴空「ごめん。ゲームオーバーだわ」

おわり





  
   
 

   

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