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第五章 創作

夫 宣孝の死後、紫式部は源氏物語を書き始めたようです。
書くことはもとより、自分の物語を読んだ感想を言ってくれる友人との
語らいも楽しかったようで、物語を書くことは、紫式部の「生きがい」にも
なっていったのでしょう。

当時の「物語」というと、文芸としての格は低く見られていたようです。
ですが、読んでいた人も数多くいたようです。
主な読者層は「里の女」
今でいう、結婚前の若い女性や家庭にはいった専業主婦の女性などが多かったとのこと。
当時の物語は男性の目線から書かれたものが多く、絵空事でリアリティに欠ける・・・・そうしたことから世に出回っている「物語」に不満を持っていた人もなかにいたようで、「そんなんだったら私が書くわ!」といって日記を書いたのが「藤原道綱の母」らしい・・・
蜻蛉日記で有名です(読んだことないけど・・・・)
大河ドラマ 光る君へ では財前直見さんが演じています。
藤原兼家の妻の一人です。 

藤原道綱の母様は紫式部とは遠い親戚筋のようです。

絵空事でリアリティに欠けるドラマや小説は、必ず読者や視聴者は離れますね。テレビなどではそれこそ視聴率が落ちます。
それは今の時代も同じだと思います。
現代はSNSが普及して、私もそうですが、大河ドラマ「光る君へ」の感想をシェアしたり・・・・
当時も、口コミで女性たちの間で「源氏物語」の話題が持ち切りだったかもしれません。

年代はどうかわかりませんが、藤原道綱の母様も熱心な源氏物語の読者だったかもしれません。時には厳しく批評したり…?

ネットの口コミの中でも平安文学に詳しい人がいて、藤原道綱の母様?のような人や熱心な源氏物語の読者の人は今も昔も女性たちの間では多いのかなと思いました。

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