友だちだけど対等じゃない・第三話
友だちだけど対等じゃない・第三話
T「2045年某日AIが暴走した……」
〇 海・朝
沖には豪華客船のような遠隔基地船が浮かんでいる。
〇 海岸・岩場・朝
遠くに遠隔基地船が見える。
ゴツゴツした岩場に波が打ち付けている。
を撮影しているカメラマンとスタッフ。
カメラマン「あ、ちっ、まただよ」
覗いていたカメラから顔を上げる。
彼らの目の先、女性の死体が打ち上げられている。
死体にはフナムシがびっしり。
女性の死体のふくらはぎにチップが入っている。
スタッフたちもうんざり。
〇 海岸・洞窟の中・朝
美しい人魚がいる。
映画スタッフ・松尾組の控場所。
メイク道具や衣装、出演者たちが待機している。
彼らは半魚人映画を撮っているのだ。
エリカ「まだぁ」
人魚の扮装をしているエリカ(25)。女優だ。
神輿の上に乗っている。
衣装で歩けないので、神輿が移動手段。
エリカ「ちょっと、聞いてきてよ」
付き人・叶麗子(30)に指示するエリカ。
麗子「撮影始まれば呼びに来てくれるよ。何度も聞くとすごーく嫌がられるんだ」
エリカ「は? 監督が?」
麗子「監督もむっとするよ。言うのはプロデューサーの良夫君がね、責任あるとかで」
エリカ「はあ、良夫のくせにむかつく」
麗子「とにかく聞いてくる」
エリカ「聞いてきます、でしょ」
エリカ、麗子にジュースを投げつけようとする。
麗子、手ではねのけてジュースの中身が人魚の下半身にかかる。
エリカ「あー」
衣装係が慌てて拭く。
衣装係「いいよ、大丈夫。これ撥水だから」
麗子「ありがとうございます、行ってきます」
〇 海岸・岩場・朝
フナムシがたかっている死体を片付けているスタッフ。
慣れた手つきで頭陀袋に入れていく。
麗子、来る。死体を見てガッカリ。
麗子「またですか」
プロデューサーの良夫(30)。
良夫「今日はもう3体目。もううんざりだよ」
麗子「やっぱりまた撮影中断ですか。エリカが大変怒っていて」
麗子の焦った物言いに監督も困る。
監督「仕方ないでしょ」
良夫「麗子ちゃん、何度も来なくていいよ。撮影準備できたら呼びに行くから」
麗子「はい、でも……ちょっともう怒りが止まらなくて」
良夫「なんだよ、AIに選ばれただけなんだから」
監督「俺たちだってそうだろ」
良夫「まあそうですけど」
監督「俺のじいさんの時代は、セクハラやモラハラ、枕営業で仕事取ってたらしいよ。AIはそんな必要ないしね」
良夫「女優さんが?」
監督「いや、監督も。プロデューサーにさ」
良夫「僕は……遠慮します」
麗子「……」
良夫「それにしても、AIがぶっ壊れてからエリカもすっかり変わったね」
麗子「(あ……)申し訳ありません。あんなこと言う子じゃなかったんですが」
良夫「あんなことって?」
麗子「あ、いえ、なんでもないです」
良夫「言っちゃって」
監督「もういいよ」
麗子「あ、はい」
良夫「実はさ、AIぶっ壊れたなら脚本変更していいかって本社に聞いてるの?」
監督「三週間も前にね」
良夫「仕方ないですよ。通信手段がないんだから。電気自動車は止まってるし、歩いて行くしかないでしょ」
監督「ほんとに歩いてそうだよな。飛脚なら走れよ」
良夫「飛脚って何? スタイリストのアシスタントさんですよ、無理はさせられませんよ」
監督「はいはい(死体を片付けているスタッフに向かって)どう? 撮れそう?」
去る監督の背中に頭を下げ続ける麗子。
監督「準備できたら呼ぶからさ。待っててよ」
と、
花太郎「これ、どこに置きますか」
花太郎とひとみと五代目ジョニー大倉がワインや野菜を運んでくる。
良夫「なに(送り状を見て)え、本社から」
監督「本社?」
ひとみ「それとこれ預かってきました」
ひとみ、分厚い封筒を良夫に手渡す。
良夫、封を開けて監督に手渡す。
花太郎とひとみと五代目が野菜やワインを運んでいると、
麗子「手伝います。それから洞窟にもスタッフさんいるんで、彼らにも。あのプロデューサー、良いですよね」
良夫「うん、ありがとう、お願い」
ひとみ「あ、はい」
よいしょ、よいしょと手伝る麗子。
それをチラリとみる良夫、知らん顔の監督。
本社から手紙を持ってスタッフテントの方に行く。
良夫「麗子ちゃんて良い子ですね」
監督「名前だけは大女優って感じだね」
良夫「ええ、そんだけ」
監督「ふん」
花太郎たちを手伝ってせっせと働く麗子の姿。
〇 海岸・スタッフテント
監督と良夫、手紙を読んでいる。
良夫「手書きってのが笑っちゃいますね。契約書ですよ、これ」
監督「悪くはないじゃん。AIが書いてたのとそんなに変わらないよ」
良夫「で、要するにとっとと仕上げて帰ってこいということですね」
監督「それと、女優がごねるなら半魚人同士で恋愛させろってさ。人魚いらないって」
良夫「それより、ト書きを死体が映ってもいいように変えて。ホラー、ホラー。デストピアで繰り広げられる半魚人と人魚の恋。これならセリフ替えなくていいですよ」
監督「え? もうエリカはいらないって」
良夫「代役ですよ。麗子ちゃんに」
監督「は?」
良夫「麗子ちゃん。女優なんすよ。いっつもエリカと一緒にオーディション来てた、エリカと仲いいから、今回は付き人で来たと」
監督「この人魚役はAIが選んだんだぜ」
良夫「もうAIなんか当てにできないんだから配役も人間が替えていいんじゃないですか」
監督「まあね」
良夫「監督、エリカ嫌いですもんね」
監督「……」
良夫「麗子ちゃんすごい、いい子だと思いますよ」
監督「人格関係ある? 演技ができればいい」
良夫「あるでしょ。人間同士なんだから。これからの物作りは人間同士のぶつかり合いで」
監督「(遮って)まあ、いいよ。撮影が終わるなら」
良夫「死体は次から次にきますしね。それにしても、AIどうしたんですかね。あの死体。遠隔基地船? ばんばん海に飛び込んでる。なんなすか、あれ。AIがぶっ壊れたのと関係あるんでしょうけど」
監督「ふくらはぎにチップあったろ、死体」
良夫「はい」
監督「あれは自制心が無い奴らに入れるチップだ」
良夫「自制心が無い奴らって……犯罪者ってこと?」
監督「ま、俺達には関係ないさ。とにかく撮影終わらせたい」
五代目がワインや野菜などを運んでいる。
なんとなく二人の話を聞く五代目。
〇 遠隔基地船
海に飛び込む(放り込まれる)人間。
〇 海岸・洞窟の中
エリカと麗子。
メイクなどスタッフたち。
花太郎とひとみが運んできたワインや野菜を喜んでいる。
エリカ「手紙、来たんだ。じゃ新しい脚本もあるかな」
麗子「それは無いと思う、なんか本社から手紙が来て、そこにエリカのこと書いてたみたい」
エリカ「何? 私の悪口?」
麗子「降ろすとかなんとか…」
エリカ「何なの、降りるのは監督でしょ」
麗子「そうだよね」
エリカ「そもそも、AIはぶっ壊れたんでしょ。一か月も経って直ってないんだから、もうだめなんだよ。もう人間が勝手にしていいじゃん、ね!」
麗子「そう思う、私も」
エリカ「腹立つわー」
と、良夫が来る。
エリカ「(良夫に)ちょっとまだなの? いい加減にして。もう降りるって監督に言っといて」
良夫「ああ、はい。お伝えしまーす」
エリカ「え?」
良夫「麗子ちゃん、ちょっと」
麗子「はい」
良夫「きみさ、人魚役やってくれる?」
麗子「え?」
良夫「すぐ着替えて。いいね」
麗子「あ……はい」
良夫「主役だよ、もっと喜んで」
エリカ「どういうこと?」
良夫「(エリカに)もう帰っていいですよ」
エリカ「だから、どういうこと」
良夫「降りていいですってこと。さようなら。あ、車出せないんで、(花太郎に)八百屋さんに乗せてもらってくださーい」
エリカ、頭に来て立とうとするが、下半身が魚なのでうまくできない。
神輿から落ちるエリカ。
良夫「スタッフ、メイク、衣装お願いしまーす」
スタッフも麗子を取り囲む。
麗子、輝く笑顔。
良夫、行く。
良夫「じゃ、彼女、お願いしますね」
花太郎「八百屋って僕らのこと?」
良夫「帰るとき、挨拶いらないです。撮影でいっぱいいっぱいなんで。ということで、ここで。ありがとうございました!」
花太郎「あ、はい」
呆気にとられる花太郎とひとみ。
鼻で笑う五代目。
〇 海
流れる死体たち。
〇 海岸
五代目ジョニー大倉と花太郎とひとみがいる。
死体がある。
フナムシがたかっている。
ひとみ「もういやー」
五代目「フナムシは死体にしか興味ないから、食われたりはしない」
ひとみ「……虫、慣れてる?」
五代目「一緒に暮らしてるのが虫の研究してんだよ、部屋の中で……タンパク質取るんだと」
ひとみ「すごい。じゃ、青虫ジュースも飲んでるの」
五代目「(無視)助手もやってるんだぜ、俺。アーチストだから時間自由だからさ……慣れたけども、けども、たまには息抜きしないと」
ひとみ「それで私たちと一緒に来たんだ」
花太郎「……あの船、隔離船でしたっけ」
五代目「遠隔基地船。ま、ある種の人間を隔離してるって話だけど」
花太郎「ある種?」
五代目「AIによると自制心がない奴ら」
花太郎「自制心がない奴らって」
ひとみ「自制心って、何?」
五代目「悪いことしないとか? カッとならないとか、レイプや泥棒、不倫をしないとか、そんなんじゃないの? ま、AIのおかげで平和。トラブルもなく暮らしてたわけだ」
ひとみ「そういえば喧嘩って言葉はわかるけど、どういうものか分かんないかも」
五代目「AIが同じレベルで暮らせる世界を作ってくれたのか。同じ倫理観、道徳観、好きなものや嫌いなものやこと」
ひとみ「似た者同士で暮らしてたってこと」
五代目「似てる、ってことじゃないような。緊張感は感じたことないね、AIがあった頃は」
花太郎「なんで船から飛び降りてるんだろう」
ひとみ「やめて」
五代目「ほら」
花太郎「(ある決意)」
ひとみ「いやー」
五代目「ほらね」
〇 岩場・浅瀬・夜
月明り。
半魚人が海から上がってくる。
それを撮影している監督たち。
麗子、人魚の姿で神輿の上で待機。
台本を持ってワクワクしている。
しかし、
スタッフの声「監督、あれ」
監督「くっそ」
フナムシがたかった死体。
監督「だから良いんだってば、ディストピア設定で行くって説明したでしょ」
スタッフ「違います、あっち、沖」
監督が沖合を見ると、
月明りの中、ゴムボートを漕いで遠隔基地船に向かう花太郎たち。
監督「……もういいよ。あれが入ったって。とっと撮ろう」
〇 沖合のゴムボートの上・夜
花太郎、五代目、ひとみ。ワインと野菜を積んでいる。
花太郎「大丈夫だよ。フナムシは死体しか食べないんだから」
ひとみ「分かったって」
花太郎「僕らには危害は加えないって」
五代目「わからんよ。自制心を制御するチップが壊れてんだろうし」
ひとみ「フナムシが、あのシロアリみたいに?」
五代目「人間。船にいる人間だよ。AIがぶっ壊れて、自制心も消えたとか」
ひとみ「あ……」
花太郎「襲ってくる元気があれば、それはそれでいいじゃないですか、ね」
ひとみ「……」
花太郎「ワインに野菜に、お腹が膨れたら」
ひとみ「分かったってば」
〇 遠隔基地船に近づくゴムボート
遠隔基地船から「ギャー」とか「この野郎」とか争っている声がする。
血まみれの死体が海に放り出される。
ひとみ「(驚愕)」
五代目「うわー」
花太郎「……」
遠隔基地船、近づくと船体にフナムシがびっしり。
海に飛び込む死体。
その死体にもすでにフナムシが憑りついている。
死体の皮、ぶくぶく蠢いている。
三人「……」
〇 遠隔基地船の甲板
殺し合いをしている人間たち。
死体もたくさん。
フナムシがびっしり。
〇 遠隔基地船のそばのゴムボート
甲板から阿鼻叫喚の響く中。
五代目「みんな死体になるまでやるんじゃないの?」
花太郎「……」
ひとみ、ゴムボートを船から遠ざけようと必死の形相でオールを漕ぐ。
〇 海岸・撮影している
半魚人と人魚(麗子)のラブシーン。
戻ってくるゴムボート。
死体を引き連れている。
うんざりする監督。
しかし「カット」はかけない。
スタッフもそのまま。
カメラに映り込む血相を変えてゴムボートから降りる花太郎、五代目、ひとみたちの姿。
〇 洞窟の中
ワインの瓶が転がっている。
酔っぱらって泣きながら寝ているエリカ。
汗だく、海水をかぶってびっしょりの花太郎と五代目とひとみが来る。
ひとみ「人魚のまま寝てる。(エリカに)帰りますよー」
五代目「可哀そうだな、役取られちゃってさ」
花太郎「なんか、これって間違ってる」
ひとみ「やめて」
花太郎「だってそうだろ。麗子って人は揉めさせ屋じゃん。どっちにも告げ口して」
ひとみ「そういうの腹立つ……だけどさ」
五代目「呪いってさ、相手に呪ってるって知らせないと効力がないんだよ」
ひとみ「なるほど、で?」
五代目「勝手にひとりで心の中で呪ったって相手は屁とも思わないだろ。悪口も同じだよ。相手に伝えて初めて効力が発揮される」
花太郎「言霊とか?」
ひとみ「相手に伝えるツール。告げ口屋。蝙蝠人間。昔はSNSで誹謗中傷してたとか。悪い言霊を伝える魔女みたいな」
五代目「ツールがあるのが悪いってAIが判断したからSNSは無くなったんじゃねえの」
花太郎「告げ口屋の麗子さんのせいでエリカさんは役を降ろされた」
ひとみ「だから、花太郎が変な正義感だして『麗子さんが実は告げ口屋でしたよー』なんて言いに行く必要ないってことよ」
花太郎「そう? そうかな」
ひとみ「変な正義感出して、自分が揉めさせ屋の悪魔になるじゃないの?」
花太郎「僕も悪魔になる?」
五代目「正義感ってキリがないからね」
ひとみ「そういうこと! キリがないの。それが一番嫌なの」
花太郎「……」
〇 走る軽トラ
荷台に人魚のエリカが泣きながら寝ている。
そばにいる花太郎。
海風を受けてさわやかな花太郎。
〇 同・運転席
運転している五代目。助手席にひとみ。
店長「人魚が起きたら告げ口するかな、店長の行き過ぎた正義感も自制して欲しいんだけど」
五代目「気になったんだけどさ、AIがぶっ壊れてから、あいつ変わったんじゃないの?」
ひとみ「え……確かにシロアリのとき助けに行くって聞かなかった。なんかすごくヒーロー的な行動してる……結局、誰も救えてないけど……」
五代目「ふくらはぎ見た?」
ひとみ「見てない……」
五代目「アイスランド行ってたっていうの、本当かな」
ひとみ「いや、やめて」
五代目「AIが制御するほどの正義感ってなんだろうな」
〇 同・荷台
エリカ人魚を見守る花太郎。
そのふくらはぎ、チップが少しだけ盛り上がっている。
第三話・終わり
〇 岩場
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