悪魔はホコリに宿る・第二話

 

邦子の葬式は大々的なものだった。
邦子が互助会に入会していて、200人規模の葬式を選んでいたからだ。
しかし、参列者は蘭子とその父親で邦子の夫・石田治夫だけ。
コロナで人も呼べず、ガランとした斎場。
豪華な花祭壇の邦子は華やかに笑っている。
「最後の最後までむだづかいしやがって」
 治夫が言った。
蘭子の家庭内暴力から逃げていた父親は新しい愛人家族と暮らしていた。
「家はそのままにしとくから」という。
 施設に入る年でもない。高校も行きたくないなら行かなくてもいい。
生活費は振り込むと言って去っていった。

              〇

「結局、母を殺したのは私? それともノルさん?」
 防護服を着て掃除をしまくるノルに呑気に話しかける蘭子。
 蘭子はノルの『じゅそノート』を見ながら護符を作っている。
 なぜ懸命に掃除をしているのか―――ノルはここに住むことにしたからだ。
              〇
1週間前。
蘭子はノルの顔を見て「美しすぎる受け子」であると気づいた。
邦子の遺体はコロナのせいで葬式が込み合いすぎて、一週間、自宅に置くことになった。
蘭子は葬儀会社が邦子に施した防腐処理を見てひらめいた。
Amazonで防腐剤を買ってノルに注入し冷蔵庫にノルをいれた。
「一人で生きていけない精神」が蘭子には詰まっていた。その思いが強すぎて、ノルが死体なのは度外視。一人で生きたくない一心でノルを引き留めた。
 わがままだろうと何だろうとしつこくすれば願いは叶うことを本能で知っているようだ。
⑥成功するまでしつこくやる
『じゅそノート』に書いてあるので、ノルも蘭子と言い争うのはやめた。
ノルにとっても肉体が腐らないというのは今のところありがたい。自分の魂が死ぬ気配がないからだ。
(確かにここに住んでいいなら楽といえば楽。冷蔵庫もあるし)
 でも、人と暮らすなんて可能なのだろうか。
 今まで、人間関係で上手くいったことがない。それは蘭子だって同じだろうに。
そんなことよりなにより、家の中が汚すぎる。
ノルはまず自分が寝起きする冷蔵庫の中を掃除した。
そしてキッチン。
居間。
玄関……と次々と掃除していった。
ノルの母は「悪魔はホコリに宿る」がモットーだった。
ノルも汚いところは大嫌いだった。そして超ミニマリスト。
 とにかく物を捨てて、掃除をした。
 蘭子が集めた押しのグッズも全捨て。
 蘭子は抵抗した。しかし、グッズを大切にしていたわけではない。
 本や雑誌は日焼けに紙魚だらけ。リサイクルショップに持っていくのも気が引ける。
「自分が支配できる分量にして」とノル。
自分の手に余る物を持っていても仕方がない。
「あなた自分の思い通りにするのが好きなんでしょ。せめて物だけでも支配してよ」
「……」
「嫌なら出ていく」
「でも」
「悪魔はホコリに宿ってるの! この家は悪魔がうじゃうじゃいる。魔に侵されてる。こんな地獄に住めるわけないじゃん」
それでも蘭子が「死ぬ死ぬ」と騒いだので、スズメバチをけしかけた。
さすがに大人しくなる蘭子。
その後、ゴキブリたちとの死闘を制し、家じゅうを拭きあげ、ノルはこの家を支配した。
そして、部屋がきれいになっていくと蘭子の表情も変わった。
               〇
 さっぱりして磨き上げた石田家に風が通った。
 ノルは『じゅそノート』から、家に悪魔が寄り付かないように結界を描いたり、護符を貼ったりした。
 何もない部屋は本当に快適だ。蘭子からも妖気のようなものが消えたようだ。
(やっぱりホコリに悪魔が居たんだ)とノルは思った。憑き物が落ちたとはこのことだ。
 蘭子は『じゅそノート』で「母親を甦らそうか」などと言っている。
「私、ほんとはお母さんのこと好きだったんだぁ」
「殺そうとしたくせに」
「苦しめようとしたのよ」
 蘭子は妙に明るかった。
「私、aiboみたいなもんだわ。インプットされないと何もできない」
「うらやましいよ。インプットしてくれる人がいて。うちは、母親が野良犬みたいな人だったから」
「ノルもお母さんのこと嫌いだった?」
「好きに決まってるじゃん」
「でも置いて行かれたんでしょ」
「それはママの都合じゃん。私に関係ある?」
「え、他人事」
「だって他人じゃん。もう居なくなって二年だもん。ママ、ママ泣いても仕方なくない? それに私死んでるし。ママは生きてるか死んでるかわからないけど」
「……死んでるってどんな気分?」
「生きてる時とあんまり変わらない」
「私も死にたい」
「そのうち死ぬから」
「どうして、あのとき、あんたじゃないって言ったの」
「だって、カスミさんが呪ったのは、あんたじゃないし」
 蘭子が母親を半殺しにし、町に出て大量殺人犯になったら被害者が出る。
 被害者や遺族は蘭子を呪うだろうし、また恨みの連鎖が生まれてしまう。
「あんたこそ、なんであんなにお母さんを呪ってたの?」
「……高校生で母親を呪わない人間っている?」
                  〇
 蘭子からも条件が出た。
「あんたと呼ばずに、名前と呼ぶこと。洋服を買うこと」
 ノルは「名前呼び」は了承したが、洋服は買いたくなかった。
 通販で隠れて買おうとする蘭子だったが、小さなクモが告げ口をしたり、ゴキブリをけしかけられたりで断念することに。
 結局、黒いワンピースを一人、2着。下着3枚。黒い靴一足。を所有するとなった。
 蘭子は生きているのでタイツなど冬用の物は買って良し。
ノルは食べなくても平気だが、蘭子はそうはいかない。光熱費も防腐剤もいる。
 生きるためと死体を腐らせないために稼がないと。
「防護服着て仕事できるっていいね」
 蘭子はノルのようにスズメバチ駆除やハウスクリーニングをすると言い出した。
「死んでる女子と死にたい女子のハウスクリーニング」
 蘭子ははしゃいでいた。
「祓いのハウスクリーニングは? 掃除の後にお祓いとか呪文唱えたりさ。だって、悪魔はホコリに宿るんでしょ。それを全部駆除したらみんな幸せ」
「じゃ、被害者の呪いの気持ちはどうするの? 恨みが晴らせない」
「そもそも呪いたいという気持ちを消せたらいいじゃん。日本中をきれいにしてさ」
「ポジティブだね。意外に」
「頭の上の石が取れた気分」
そして蘭子は「魔法のハウスクリーニング。悪魔はホコリに宿る。お祓いもやります」などと勝手に「くらしのマーケット」に登録したのだった。

第3話に続く

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