王様オ~レだ

 自分の屁の音で目を覚ましたのは、50代半ばの中年男だった。新鮮な空気を吸うため、申し訳程度に設けられたベランダにでる。
 エス王国の首都の外れが広がっていた。遠く向こうに豪奢な宮殿が見える。一方、築年の古い集合住宅が多いこちら側は、あまりに辛気臭く、実際に臭かった。
 今日は仕事はなく、買い物に出かけようと身支度を整えていると、郵便が投函された音が響いた。
 埃が舞うなか、ため息交じりで郵便物を取りに行く。白い封筒が投函されていた。
「差出人は、、エス王国? 国が俺になんの用だ」
 中年男は不安になりながら、自室に戻り、中身を確かめる。
『明朝8時に首都宮殿までお越しください。用件はその際に説明いたします。それ以前のお問い合わせはご遠慮ください』
 首を捻りながらも、せっかくの王国からのお達し、無下に断るのも悪いと行くことにした。
 翌朝。いざ行くとなると、失礼があってはいけないと、タンスからスーツを引きずり出し、慣れないネクタイを締める。髭を剃り、髪も整髪剤できめて宮殿へ向かった。
「いざ、近くに来てみると立派なものだな」
 宮殿は空を貫く巨大な塔で、周辺にも各種王国関係の建造物が立ち並び、白を基調としたそれらは威圧感さえあった。
 門番に手紙を見せると、あっさりと正門が開き、中へ案内された。
 塔の手前の外務省に通され、警備員に促され、大臣執務室へやってきた。
「突然の手紙、失礼したね。よく来てくれた」
「何故、私のような人間を宮殿に招いたのでしょう」
「単刀直入に言って、十日間だけ王様の代わりをしてほしい。心配しなくても、ただ、塔で時間を過ごしてもらうだけでいい」
 どうやら、お忍びで旅行に行きたいのだそうだ。
 中年男はさっそく、王様の部屋のベッドに身体をあずけた。まさにキングサイズで、経験したことのない柔らかな感触だった。
 その日からというもの、古今東西の豪華な食事、至りに尽くせりのマッサージやスパ、王国内屈指の踊り子によるショーなど贅沢の限りを尽くした。
「王様はオ~レだ」
 中年男は、部屋の窓から顔をだし、満面の笑みで叫んだ。
 その日も朝から厳選されたフルーツを貪り、日がな一日、食っては寝と過ごしていた。夜になり、最高級の牛肉のステーキに舌鼓を打ち、大浴場で風呂を浴びてマッサージを受けた。
 そして、その夜、宮殿に忍び込んだ不審者によって、
『暗殺』された。
 後日、本物の王様が旅行から戻ってくると、上機嫌で執事に言った。
「命拾いした。外交筋の情報は本当だったのだな。エム国から暗殺者が送り込まれてくると」
 執事が固い口調で返す。
「よく似た男がいてよかったです。それに、いなくなったとしても問題ない下賤の者ですので」

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