re:start
自動車修理工場の始業開始時間までまだ3時間はあった。
近くの駐車場に車を停めて仮眠をとることにした。
ハンドルが邪魔になるため、助手席のシートを倒して眠りに落ちた。
強い日差しに耐えられなくなって、目を覚ます。
後部座席のシートを倒して女が寝ている。
かつて同級生だった大崎だ。
あとで妻が迎えに来ると言っていたのを思い出し、起こさないように静かに車を降りて、ハッチバックの扉を開けてラゲッジルームから荷物を取り出した。
車を離れて歩き出す。ちょうどその先から妻がやって来た。
「後ろで寝てるよ。じゃ。」
と一方的に声をかけながら歩き出した。
修理工場はまだ静まり却っている。
誰もいない。
次の瞬間、奥の倉庫に停めてあった10tトラックのエンジンが、大音量で唸った。
慌てたように走り去っていくトラックの後を追うように、手前にあった四輪バギーにまたがり、工場を出た。
昔、通ったことのあるような道を北に向かい走る。デジャブのような感覚を、腕から、お尻から伝わるバギーのエンジンの振動が、デジャブじゃないと語りかけてくるように伝えてくるようだ。
振り落とされないように必死にハンドルを操作する。
少し開けた道路に差し掛かり、右に進路を変えた。
また、懐かしい道だと感じる。
右手に小さな用水路。それに沿って道は東へと伸びる。
左手には、五階建ての市営住宅が並んでいる。
今は建て替えのために誰も住んでいない。
周辺は工事中のために、フェンスが張り巡らされている。
「俺の育った町に似ている。」
その感情が確信に変わる。
「昔、住んでいた団地だ。」
そこにあったはずの実家。2階の窓に人影が見えた。
「あっ!お兄ちゃんだ!」
長男の光(ひかる)が、こっちを見ながら笑顔だったように見えた。
家族とはもう何年も会っていない。
父の葬儀の時に会った以来だ。
バギーはさらに東へと進む。
団地の東側にある外階段の踊り場に3人の人影を見つけた。
両親と次男の勝(まさる)だ。
3人が一斉にこちらを眺めていた。
20歳の時に亡くした母とは30年ぶりの再会だった。
これは再会とは呼ばない。
両親はすでにこの世にはいないし、兄弟はどこかでそれぞれの家族と暮らしているはず。
バギーを停めた。
団地を振り返る。
そこは、ただの工事現場でしかなかった。
全ての窓は取り壊され、真っ黒く四角い闇を碁盤目のように曝け出しているだけだった。
「確かに見た。」と思いながら、
「見えた。見えてしまった。」
と、恐怖を全く感じないまま、会えた嬉しさの方が勝っていた。
「会いに来てくれた。」
バギーのエンジンを再始動し、今度は工事現場の周りを走る。
風が吹きつける。呼吸が苦しい。涙も出て来た。
やがて、涙は雫となって風に溶け、流れて消えた。
バギーはいつしか知らない道を走っている。
誰もいない一本道を、更地になった工事現場の中を突き抜けながら走っている。
「よし。帰ろう。」
と、心の中で決意表明のように自分に言い聞かせ、アクセルを回す。
誰も味方がいない訳じゃない。
自分の進むべき道が間違っていた訳でもない。
胸の奥から自分が叫んでいた。
修理工場のおじさんに、預ける予定の車は近くの駐車場に停めてあることを伝え、中古の車を譲ってもらった。三菱ギャランVR-4。
乾いたエンジン音が優しく包み込んでくれる。
「よし。行こう!」
誰も知らない道を、誰にも知られずに、誰にも頼らずに、誰かのためでもなく、好きなものだけ詰め込んで、走り出した。
自分らしく、自分のために。
バックミラーに団地が遠ざかる。4人の人影が、大きく手を振っていた。
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