私が毎日の飲酒をやめた訳

私はお酒が好きだ。今では色々あって、滅多に飲まないが、気分のいい日、ちょこっとだけ飲む時がある。

出身が新潟だから、ということはあまり関係ないと思うが、今では考えられないことに、私は子供の頃、まれに父親の晩酌のお供をしていたらしい。2歳か3歳ですでに、母の話では、父がビールを飲ませることがあり、危惧した祖母が、ビールの代わりにと麦茶を渡したら、私はぐいっと飲み干し、「おちゃでしたー」と呑気に言ったらしい。つまり、私自身、いつからアルコールの味を知っていたのか分からないのだ。

改めて言うまでもないが、私の両親は、めちゃくちゃな子育てをしていた訳ではない。と、思う。今とは時代も違っていた。別に私は、幼少期を酒浸りで過ごしてはおらず、中学生になる前には、両親も飲酒はさせなくなった。精々、お正月にお神酒を頂く程度だった。就職までは、当たり前だが普通にお茶やジュースを飲んでいた。珈琲の美味しさも覚え、ブラックが特にお気に入りだった。体質として貧血がひどかったのと、持病があったため、カフェインはあまり体によくなかったのだが、大目に見てもらっている状態だった。

私が酒類を再び飲むようになったのは、20代前半だった。仕事が忙しく厄介で、残業もあり、当時から不眠気味で、メンタルも弱っていた時期だった。外での飲みは好きじゃなかったので、家にワインや日本酒を買って帰り、それを飲んでいる時間だけが、至福に思えた。働いているのだから、このくらい楽しみがあってもいいだろうと考えていた。実際、自宅で飲むひとときは幸せで、1日の終わりのご褒美だった。のんびりできる時間だった。

しかし、飲み続けていると、どんどん酒量が増えていく。なかなか酔わなくなる。物足りなくなる。仕事での気鬱は深くなるばかりで、それを晴らす為にさらに飲む。度数の高い酒ばかり揃えるようになる。あの頃は、少しも疑問に思わなかったが、どう考えてもマズイ状態に陥りかけていた。面倒なので、冷蔵庫の前で飲酒していたこともある。ジンもウオッカもテキーラもストレートで飲み、寝落ちて廊下に突っ伏していたこともあった。

ある日、私はワインと、芋焼酎一本を飲みきり、そこから記憶が飛んでしまっているのたが、おそらくウイスキーも飲んで、友人に電話したらしい。覚えていないのだ。酔って寝てしまったので、途中のことはころりと忘れてしまっていたのだ。起きて、空き瓶が転がっている光景により、なにを飲んだのか推測するような有様だった。

翌晩、その友人から電話がかかってきた。泣いていた。号泣に近かった。べろんべろんになった私が、呂律もあやしく電話口で一方的に喋り、そのまま切ってしまったこと。今と違って簡単に連絡がつかなかったこと。おかげで私が急性アルコール中毒で倒れてしまっているかもしれないと、心配で寝られず、日中も恐ろしくてたまらなかったこと。彼女は、涙声で懸命に訴えてきた。あんな状態では、いつか私が壊れてしまいそうで、本当に嫌だからやめてくれ、と懇願された。説教された。

そこではたと、現状の自分を省みた。私は晩酌を、本心では喜んでなどいなかった。ただ現実から逃げるためにアルコールを利用していただけだった。そもそも毎日飲むなんて体にも心にも負担が大きいだけなのに、習慣になってやめられなかったのだ。安易にストレスを忘れたかったのだ。結果として、大切な友人を悩ませ、掻き乱し、電話口とはいえ大声で泣かせてしまうほどに、自分が思うよりずっと危険なラインに踏み込みかけていたのだ。

以来、私はぱたりと自宅での晩酌をやめた。
これがもし、「体によくないから控えなよ」と言われていたら、もしくは「たまには休肝日を設けて、無茶な飲み方をやめなよ」と諭されていたら、私は変わらず好きなだけ酒を飲んでいただろう。自分のことは自分の好きにする、ささやかな贅沢くらいいいじゃないかと開き直っていただろう。

だが、友人の涙はダメだ。胸に刺さる。あの、しゃくりあげながら、言葉をつかえながら、理路整然もへったくれもない、めちゃくちゃな友人の叫びは、思い出すだけでも苦しくなる。こんなに私を案じてくれる人がいるのに、その思いに応えないなんて、相手に失礼だとも思った。酒瓶に手を伸ばそうとすると、耳元で友人の声が蘇るようになった。不思議と、ストッパーがかかると、あれほど浴びるように飲んでいた日々が、ぴたりと収まった。

今は病気治療中でもあり、基本的には飲酒をしてはいけないのだが、少しだけ、頻繁にならないくらいならば、まあ許されている。特別、嬉しい日などに、嬉しく飲んでいる。

酒は百薬の長、という言葉があるが、自制できる範囲でなければ、あっという間に飲み込まれる。私は、そこまで転げ落ちる寸前までいったので、なんとなく分かる気がするのだ。自分は大丈夫、このくらいなら大丈夫、と酒量を増やすうちに、いつしか簡単に限界以上となってしまうことを。

とはいえ、ほろ酔いでおつまみを食べるなどは、楽しいし気持ちも潤う。なんでもそうだが、ほどほどに、気分よく、飲酒できたら、それがいいのだろうなと思う私なのである。

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